2011年12月29日木曜日

虚構新聞

虚構新聞 

 年末の多忙な時期だからこそ、こんなものが良いかも――。ヘンテコリンなサイトに辿りついた。Kyoko Shimbun News(虚構新聞ニュースhttp://kyoko-np.net/)と称し、以下のような断りが載っている。

 『当サイトは現実のニュースをパロディにした諷刺・皮肉が開設の目的であり、この記事を通じて元ネタである世の諸事象に関心を抱いていただきたいと思っております。
 当然のことながら、弊社が取り上げるニュースはすべて虚構のものであり、現実の人物・事件・団体とは関係ありません。また、閲覧者を騙して喜ぶ、世間を騒がせるというような悪意も持っておりません。』

 手始めに2件ほど他愛のないものを拾ってみた。

*「その嘘、100%見破れます」 高性能嘘発見器を開発
 京都先端科学技術大学の研究グループは14日、人間が嘘をつく際に分泌する特殊なホルモンを検出することで、実質100%嘘を見破ることのできる新型の嘘発見器を開発したと発表した。判定結果は遺伝子検査なみの証拠能力を有するという。

 「その嘘わかるくん」と名づけられたこのセンサーは、人間が嘘をつく際にかく汗が含む特別なホルモンを検出することで、発言の真偽を判定する。センサーは人差し指にクリップをつけるタイプで、被験者が嘘をつくとブザーがなるシンプルな仕組みだ。

 この日の会見で自ら装置を身につけ実演した京都先端大の山口信一郎教授は「汗の量だけで真偽を判定していた従来の嘘発見器に比べ、信頼性は 99.9999%と数千倍に跳ね上がる」と語ったところで、会見場にブザー音がけたたましく鳴り響いたため、集まった報道陣はその場で解散しかけたが、山口教授があわてて「申し訳ない。誤動作です」と弁解すると、またしてもブザー音が鳴り響いたため、やはり報道陣は解散した。


*「2と1は等しい」 数学界で論議
 2と1が数学的に等しいことを証明したとされる論文が数学界で話題になっている。今年1月に提出された1ページにも足りない小さな論文だが、いまだに反証できておらず、このままでは数学の根本条件そのものにぐらつきが生じる可能性もある。

 ロシアのカラシニコフ通信が伝えたところでは、この論文の執筆者は国立ヨハネスブルク大学教授のイワノフ・ボスコノビッチ博士。博士が夢の中で見た式を枕もとのメモに書き残し、翌朝この式を少し変形させたところ、2=1という結論に結びついたという。



 博士は翌日から同僚や指導している学生たちにこの式を見せ、反証を求めたが、誰にも証明ができなかったため、論文として英数学誌「マスマティック・ロジ スティック」1月号に投稿。以来世界中の数学者がこの論文の反証を試みたが、9月現在いまだに完全な解答と呼べる論文は出ていない。

 「マスマティック・ロジスティック」誌の編集長であるジョン・ロック氏は「ボスコノビッチ博士の論文自体はいたってシンプルで、掲載された式だけならば中学生でも理解できる。しかし、それが誤りであることを証明するには非常に高度な数学の知識を必要とするため解明にはまだまだ時間がかかるだろう」と語る。

 今回の論文は2と1が等しいという、一般的な通念とは大きく異なる結果を示しており、万が一この論文が正しいということが証明されれば、ユークリッド幾何学の根本を揺るがす大きな一石となることは間違いない。

2011年12月28日水曜日

魚類と陸上動物両方の遺伝子

シーラカンスに、魚類と陸上動物両方の遺伝子
ゲノムを解読した個体と同じタンザニア産シーラカンスの稚魚(東工大提供)

 「生きた化石」として知られるシーラカンスの全遺伝情報(ゲノム)の解読に、東工大と東大、国立遺伝学研究所の共同研究グループが成功した。
 シーラカンスのゲノムの量は通常の魚よりはるかに多く、魚類と陸上動物の両方の遺伝子を持っていた。魚類が陸上へ進出した進化の謎を解く手がかりとして注目される。

 研究グループは、アフリカのタンザニアで捕獲された稚魚のゲノムを解析した。その結果、ゲノムを構成する「塩基対」の数は27億あった。マグロやメダカなど平均的な魚類の約3倍あり、人(約30億塩基対)を含めた哺乳類とほぼ同じであることが判明した。また、個体同士の情報伝達に関係する遺伝子群を調べたところ、魚類と陸上動物に特有の遺伝子を両方とも持っていることがわかった。(2011年12月28日14時31分 読売新聞)

2011年12月27日火曜日

大統領選ロシア編

大統領選ロシア編
*大統領選をにらんで、プーチン首相が狩猟、水泳、潜水、乗馬、歌唱のパフォーマンスを披露した。これを見た有権者がいった。
「一つだけ彼にできないことは、護衛なしに町を歩くことだ」

*プーチン首相の記者会見で記者が質問した。
「サンクトペテルブルクをプーチンブルクと改名する噂がありますが」
「プーチングラードの方が語感がいい」

*プーチン首相がバスに乗るパフォーマンスを見せた。
首相が回数券を渡すと運転手が云った。
「これはバスの回数券ではありません」
「すまん。大統領職の回数券と間違えた」

金融危機イタリア編
*イタリアの金融危機で、TVキャスターが伝えた。
「グッドニュースは、銀行強盗が20%減少しました。バッドニュースは、銀行による預金強盗が倍増しました」

*経済危機対策を討議するイタリアの閣議で、閣僚が提案した。
「ドイツに宣戦布告しましょう。負ければドイツが面倒を見てくれます」
首相が反論した。「もしイタリアが勝ったらどうなる?」

*金融危機に陥ったイタリアで、経営者が労働者に通告した。
「今年の給与は50%のアップになる」
「昨年比ですか?」
「来年比だ」

2011年12月25日日曜日

「ノダ家」破綻寸前

ヘソクリ半減、小遣いなし…「ノダ家」破綻寸前
 2012年度予算案の歳入と歳出の単位を1兆円から10万円に置き換え、ドジョウのノダ家の家計に例えてみた。借金頼みでやりくりしてきたが、もはや破綻寸前だ。

 ノダさんの年収(税収)は423万円。年収を上回る442万円を借金(新規国債発行)しないとやっていけない。しかし、ここ最近頼りにしていた奥さんのヘソクリ(税外収入)も前年度の半分ほどの37万円に減ってしまった。

 高齢になった両親の医療費や介護費用(社会保障費)に263万円も出費するのが一番きつい。過去のローンの返済(国債費)に219万円もかかるし、田舎への仕送り(地方交付税交付金等)も165万円必要だ。ノダさんの自由になる小遣いなんか全くない。

 ローンは来年度末で7090万円も残っている(国債発行残高)。
 年金保険料の支払い(基礎年金の国庫負担)も滞りそうだが、ノダさんは「足りない分は将来、給料上がったら返すから」と言い訳し、何とかツケにしてもらった。(2011年12月25日11時26分 読売新聞)

2011年12月24日土曜日

ホテル経営論

ホテル経営論
客からの問い合わせ
「犬を一緒に連れて行きたいのですが・・。手入れが行き届いていてとても清潔だし、云うことをよく聞きます。よろしくお願いします」
ホテルマネジャー
「私は長年ホテル業を営んでおります。これまで、犬がタオル、シーツ、スプーン、フォークや壁の絵を盗んだためしはありません。夜中に酔っ払って酷いことをするのも見たことはありません。ましてや、ホテルのお金を盗んだこともありません。したがいまして、あなた様の犬は大歓迎ですが、犬があなたのことを保証してくれれば、あなたもお泊りになって結構です」

学部長選挙
法学部の学部長選挙が行われた。予想通り結果は二人が同点だった。
最終的に現学部長の判断に委ねられる規約だった。
一方の陣営で作戦会議が開かれた。
「学部長にゴルフセットを贈るのはどうだい」
「何を云うんだ、彼は本当に清廉潔白な人だぞ。そんなことはできないし、するべきではない」
「そりゃいい、対立候補の名前で贈ろう」

宇宙工学
NASAは宇宙ではボールペンが使えないことを発見した。
多額の研究費をつぎ込み10年の歳月をかけて、要求を満たすものを開発した。
一方、ロシアは鉛筆を使った。

2011年12月22日木曜日

赤色巨星に焼かれ、生きのびた惑星発見

赤色巨星に焼かれ、生きのびた惑星発見

高温の準矮星のすぐ近くを公転する惑星(想像図)。 Illustration courtesy S. Charpinet

 また“地球サイズ”の惑星が2つ見つかった。こんどは、年老いていく恒星との接近でおそらく黒こげになり、かろうじて生き延びた惑星だろうという。
 NASAのケプラー宇宙望遠鏡で発見された2つの惑星は、大きさがそれぞれ地球の約0.76倍、約0.87倍で、これまでに発見された太陽系外惑星の中では最小。

 しかし、これらの惑星も最初から小さかったわけではない。天文学者の推測によると、かつて木星や土星のような巨大ガス惑星だったが、年老いていく主星が膨れあがった際に飲み込まれ、ガスをはぎ取られた生き残りなのだという。
  この2つの“油で揚げられた”惑星のニュースの発表前日には、やはりケプラー宇宙望遠鏡を使った研究チームから、地球の0.87倍のケプラー20eと 1.03倍のケプラー20fという地球サイズの惑星発見が発表されている。地球サイズの惑星としてはこれが初の発見だった。

 ベルギーにあるリエージュ大学の天文学者で、今回の研究論文の共著者であるバレリー・バン・グローテル(Valerie Van Grootel)氏は、これまでに発見された地球サイズの惑星には、いくつか類似する点があると話す。

 ケプラー20eと20fは「恒星のすぐ近くを公転していて、とても高温だ。その点では、私たちが発見した惑星も同様だ」と、バン・グローテル氏はナショナルジオグラフィック ニュースに語った。「大きな違いは、私たちの惑星が赤色巨星の段階を過ぎたものであるのに対して、あちらのチームの惑星は、太陽に似た恒星を公転していることだ」。

◆巨大惑星が丸ごと飲み込まれた?
 新たに発見された惑星は、はくちょう座の方角、約4000光年先にあるKIC 02697388というB型準矮星の周囲を公転している。
 B型準矮星は高温で青く見える恒星で、進化上、赤色巨星と白色矮星の中間段階にある。太陽のようなタイプの恒星が進化を終えて最終的に行き着くのが白色矮星だ。

 太陽のような恒星は、燃料の大半を使い果たすと、元の大きさの数百倍に膨れあがり、赤色巨星となる。赤色巨星が膨張するにつれ、近い軌道を回っていた惑星は灼熱地獄に飲み込まれ、完全に蒸発してしまう。

 天文学者によると、太陽もあと50億年ほどするとこの段階に達し、水星、金星、地球、火星といった内側の惑星を飲み込むという。

 一方、もう少し離れた軌道を回る一部の惑星は、赤色巨星を取り巻いて膨張するガスとの相互作用により、内側に引き寄せられる。実はこのことが、惑星に生き延びる可能性を与えているのだ。

 今回発見された地球サイズの惑星は、かつては巨大ガス惑星で、赤色巨星段階の恒星に引き寄せられたものだと科学者は考えている。赤色巨星の段階は通常1億年ほど続く。
 この惑星が恒星を取り巻く高温のガスをかき分けながら公転する間に、惑星自体の気体や液体の層ははぎ取られてしまい、岩石の核だけが残る。

◆生命存在の可能性はない
 KIC 02697388の惑星は、灼熱地獄を生き延びただけではない。惑星の公転による摩擦で恒星を包む高温のガスのかなりの部分が奪われ、赤色巨星から高温準矮星への進行が促されたと科学者は考えている。
 フランス、トゥールーズ大学の天文学者で今回の研究を率いたステパン・シャルピネ氏は、「惑星が恒星の進化に影響を及ぼした事例が報告されるのはこれが初めてだと思う」と述べている。

 リエージュ大学のバン・グローテル氏は、地球に似た大きさだとはいえ、「これらの惑星上に生命が存在しないことは確実だ」と話す。
 どちらの惑星も太陽と水星の距離の40分の1という近さで準矮星を回っている。その結果、恒星に向いた側の平均表面温度はそれぞれ摂氏8842度、7821度に達する。

 太陽よりも5倍も高温の恒星に「非常に接近している惑星のこのような温度下では(私たちが知っているような生命が)生存することは不可能だ」とバン・グローテル氏は話している。
 地球サイズの新たな惑星についての論文は、12月21日付けで「Nature」誌オンライン版に掲載された。Ker Than for National Geographic News  2011年12月22日 毎日

2011年12月20日火曜日

日本の伝統文化・芸術

日本の伝統文化・芸術
 日本の伝統文化・芸術の類を思い浮かぶままに拾ってみても実に多くある。
 歌舞伎、狂言、人形浄瑠璃、長唄、義太夫節、雅楽、謡曲、能、落語、講談、俳句、川柳、連歌、盆栽、華道・いけばな、茶道、書道、浮世絵、墨絵・水墨画、古美術、日本舞踊、着物、染、織、陶芸、窯元、漆、木工芸、竹細工、祭り、相撲等々。

 歌舞伎を一例にみるとwikipediaに詳しいが、冒頭のほんの一部を抜粋する。

 歌舞伎(かぶき)は、日本固有の演劇で、伝統芸能の一つ。重要無形文化財(1965年4月20日指定)。世界無形遺産(2009年9月登録)。

 歌舞伎という名称の由来は、「傾く」(かたむく)の古語にあたる「傾く」(かぶく)の連用形を名詞化した「かぶき」だといわれている。戦国時代の終わり頃から江戸時代の初頭にかけて京や江戸で流行した、派手な衣装や一風変った異形を好んだり、常軌を逸脱した行動に走ることを指した語で、特にそうした者たちのことを「かぶき者」とも言った。

 この「かぶき」に「歌い舞う芸妓」の意から「歌舞妓」と当て字したのはその後のことだった。寛永6年(1629年)に女歌舞伎が禁止されると、芸妓に連なる「妓」の字に代わって伎楽に連なる「伎」の字を用いた「歌舞伎」の表記が見られるようになるが、江戸時代を通じてこの「歌舞妓」と「歌舞伎」は混用されていた。これが現在のように「歌舞伎」に落ち着いたのは明治になってからのことである。
 さらに詳細は以下を参照下さい。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E

京劇

京劇
 かつて、ヨーロッパのある国で初めてオペラのライブに接し、いたく感動して、いっときサポーターになった。ヨーロッパ各国でのオペラ人気は絶大で、チケット入手は容易とは云えないらしいが、日本ほど敷居が高すぎることはない。音楽会なら特別なものでない限り、結構気楽にいけた。

 一方、海外にも'北京オペラ'として知られ、その独特の芸術性で高い評価を受けているという京劇、最早3年ほど前になろうか、娘(daughter in law)の計らいで京劇を鑑賞する機会があった。あまり馴染みがなかったが、貴重な経験だったので好意に甘えて出かけた。その時に調べたことを整理してみた。

 京劇は中国の伝統的な古典演劇である戯曲(歌劇の一種のこと)の1つである。清代に安徽省で発祥し北京を中心に発展したので京の名が付き、主に北京と上海の二流派がある。二つの種類の曲調を基礎にしている。唱腔は板腔体を基本とし、声腔は西皮と二黄を主要なものとする。このため京劇に代表される西皮と二黄を総称して皮黄腔ということがある。

 14世紀から広く盛んに行われた中国伝統歌劇の崑曲の要素が加味されて作られた。胡弓、月琴、琵琶、鼓を中心にした伴奏の旋律とリズムが劇の基調で歌、台詞、動作、アクションなどで成り立つ形式演劇で、歌が重視されて舞踊に近い動作は激烈ながらも美しい。

 普通は歴史小説と伝説から素材を取ったり、原曲と伝奇を改作したことで《水滸伝 》、《三国志演義》などの部分脚色が多く見られる。<八仙過海> <孫悟空> <打魚殺家> <四進士> <白蛇伝> <将相和> <楊門女将> <覇王別姫><貴妃酔酒>などがある。

 全てが1時間内外の短い演劇で、演出と演技が皆極めて叙事的な様式を使って、装置もなしで象徴的な演技形式によって、状況や行動を現わす。

 衣装は明国時の服装を基礎にした伝統劇固有の物で色と紋により人物の身分と職業などが分かる。配役は大きく、生:主役、旦:女役、浄:豪傑・悪漢、丑:ピエロ、末:端役に分かれて、それぞれ文武の2系統以外にまた細分化される。浄と丑は俳優の顔に染料で線を描くが、歴史上有名な顔の線の形式は既に決めている。

 京劇は元国時の雑劇:元曲の後に続いて、明国で清国にかけた300年の間は蘇州崑山で出来た崑曲が優位だったが、形式に偏って衰退することになるや、18世紀中葉(清国中期)には地方劇が先を争うことになった。
 その頃安徽省、湖北省など揚子江沿岸地方に南曲の婁陽腔系統を続く二黄調が盛んに行われて、安徽省の女役男俳優(高朗亭)の一団と共に北京に入ってきた。この時が1790年(高宗:乾隆帝)の80才誕生日祝い祭りが広がった年である。'徽班'という安徽省劇団が当時難解で冗長な低音の昆曲に比べて、明るくてやさしくて動作が多い二黄調を上演するや、まもなく大衆の好評を受けて流行し始めた。http://www.china7.jp/bbs/board.php?bo_table=2_7&wr_id=1

2011年12月19日月曜日

フラメンコ

フラメンコ  
 日本のフラメンコ愛好家人口は5万人とも言われ、スペインに次ぐフラメンコ好きな国として世界中から認められているそうです。
 例によってひょんなきっかけから、そんなフラメンコの歌とギターと踊りを愉しむ機会が与えられ、いつものようにノコノコ出かけました。

 以下この芸能について、主にhttp://www.anif.jp/ctt_anif_hajimete.htmから引用して見ます。
 フラメンコ(Flamenco)誕生の歴史は意外と浅く、19世紀初頭とも言われる。踊りがもっぱら中心的にとらえられるフラメンコも、あらゆる民族音楽と同様に、歌(カンテcante)がその発祥の根を作ったと言われています。
 歴史的には、仲間内の喜びや悲しみの吟じ合いからおのずとリズムと旋律が生まれ、ギター(guitarra)という身近でプリミティブな楽器が加わり、興がのれば男も女も踊りだし・・・やがて洗練、形式化されていき、カフェ・カンタンテと呼ばれる定期的にフラメンコが上演される飲食店が出現し、その後、同様の飲食店であるタブラオが、さらには劇場公演やフェスティバルもフラメンコ上演の重要な場となっていった。発達した形をもったフラメンコはやがて、スペイン固有の芸能として大きく発展をとげました。多くの歴史に残るアーティストがうまれたのが黄金期ともいわれる20世紀前半のことです。

 激しいステップ、掻き鳴らされるギター、ふりしぼるような、東洋的旋律の歌・・・なぜか日本人の琴線に鋭く触れてくるフラメンコという芸能は、スペイン南部、アンダルシアで生まれました。強い光と陰、一面のひまわり畑に青い空、闘牛そしてフラメンコ。ヨーロッパに属しながらアラブの影響を色濃く残すアンダルシアの風土・文化は、外国人にとってスペインという国のイメージそのものと言えるでしょう。

 フラメンコは、インドを起源として西に流れてきたロマ族(ジプシー=スペイン語でヒターノ/gitano)、スペインにかつて君臨したアラブ系民族、そして在来のアンダルシア人達の民族芸能が融合してできた、ある意味とてもユニバーサルな芸術です。

 また、テレビ普及の時代と相まってカンテのカマロン・デ・ラ・イスラやギターのパコ・デ・ルシアなどの革命的アーティストが出現、フラメンコの認知度は世界的に広がりました。さらに、バイレ(舞踊)を中心に舞台芸術としてあらたな発展をとげようとしているのが現代のフラメンコと言えるでしょう。
 インターネットの普及により、フラメンコは近年、身近なワールドミュージック、ダンス芸術としてその存在を認められつつあります。スペインのフラメンコも、年々変貌をとげています。
 しかし今もなお、家族や仲間同士でテーブルを囲んで、歌い、奏で、踊りながら楽しむという原初の喜びが、この芸能の根幹を支えていることに間違いはありません。

2011年12月17日土曜日

道徳教育論

*道徳教育論 
「助けてくれ!溺れてしまう!」
「なんてこった!キミは泳げないのか?」
「泳げるさ!でも橋の上に看板があるだろう、『遊泳禁止』って!」

*倫理学教授
教授室に女子学生がやって来た。
「この試験を通して下さい。そのためなら何でもします。お分かりでしょう、何でもします」
「何でも?」
「ええ、何でも」
「勉強してくれませんか?」

*比較法律学
アメリカでは、法律で禁止されていないことは、すべて許されている。
ドイツでは、法律で許されていないことは、すべて禁止されている。
ロシアでは、法律で許されていても、すべて禁止されている。
スイスでは、法律で禁止されていないことは、すべて義務である。
フランスでは、法律で禁止されていても、すべてが許されている。
日本では、法律で禁止されていても、適用されるのは下々の庶民である。

2011年12月15日木曜日

議会

議会
ある時、太郎が議会の傍聴に行った。はじめのうち黙って議論を聞いていた太郎は、やがて立ち上がってこう叫んだ。
「ここにいる政治家たちの半分は大馬鹿野郎だ!」
それを聞いた議員たちはカンカンになって怒り、太郎に謝罪と訂正を要求した。
壇上にまで上げられた太郎は、頭を下げてこう言った。
「さっきの言葉は訂正します。ここにいる政治家の半分は大馬鹿野郎ではありません」

演説
ブッシュ大統領が演説でイラクを批判した。
「無能で、傲慢な指導者のために経済は滞り、街は失業者で溢れている。国際社会と協調することもなく、周辺諸国に脅威を与えている!こんなに破廉恥な国は他にない!」
演説を聞いていた人たちは、なぜ彼がアメリカの批判をするのか理解できなかった。

攻撃の理由
ブッシュ大統領がTVインタビューを受けていた。
記者「どうしてイラクを攻撃したのですか?」
ブッシュ「それはイラクのトップが何をするかわからない危険な独裁者で、しかも大量破壊兵器を保有しているかもしれないからだ」
記者「なるほど。それではどうして北朝鮮には攻撃をしないのですか?」
ブッシュ「それは北朝鮮のトップが何をするかわからない危険な独裁者で、しかも大量破壊兵器を保有しているかもしれないからだ」

2011年12月14日水曜日

鵜の岬

鵜の岬
満月の夜
 十数年連続で予約ナンバーワンを誇る国民宿舎鵜の岬、これまでは予約を取るのは至難の技だったが、東北大震災と福島原発放射能漏れの影響もあってか、思い立ったが吉日、電話してみるとそれなりにキャンセル・空きがあり、かなり取りやすくなってきた感がある。

 太平洋に面した建屋もかなり立派で、遊歩道や展望温泉も眺望も食事もなかなかよろしい。人気の所以を思わせる場だ。とはいえ、いまだ余震が続き今回も二度ほどたまたま震度3程度を経験した。さすがに一瞬緊張が走ったものの、このところ慣れっこになりつつあるのが逆に怖い。
 屋上展望風呂からの日の出を見逃すな――とのことであったが、この時期は残念ながら男湯は良い位置にない。その時間帯だけは混浴にしてくれと男どもはほざいていたのでした。

「神の粒子」、99・98%の確率で見つけた

「神の粒子」、99・98%の確率で見つけた
 世界的な素粒子物理の研究機関である欧州合同原子核研究機関(CERN)は13日、宇宙の物質を構成する素粒子に質量を与える「ヒッグス粒子」を99・98%の確率で見つけたと発表した。

 ヒッグス粒子は、宇宙の成り立ちを説明する素粒子物理学の標準理論に欠かせない存在で、世界の物理学者が40年以上にわたって探索してきた。最終結論は、来春以降にさらにデータを収集したうえで下すという。
 発表したのは、東京大学や高エネルギー加速器研究機構など日本の15機関も参加する「ATLAS」実験グループと、欧米を中心とする「CMS」実験グループ。
 両グループは、2010年から本格稼働したCERNの「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」という実験装置を使い、原子核を構成する「陽子」と よばれる粒子を光速近くまで加速。二つの陽子を正面衝突させ、中から飛び出してくる様々な種類の粒子からヒッグス粒子の痕跡を探していた。

 ATLASグループによると、10月末までのデータを分析した結果、素粒子の質量を示すGeV(10億電子ボルト)で、126GeV(陽子約 130個分)前後の質量を持つ、未知の粒子とみられるデータが含まれていることが判明した。今回は、物理的な重要性を考慮してあえて厳しく見積もることも 試み、その結果は98・9%だった。ヒッグス粒子の存在が確認されたと断定するには、99・9999%の確率に達することが必要だという。CMSグループ もヒッグス発見をうかがわせる結果を得たと発表した。(2011年12月13日23時52分 読売新聞)

2011年12月13日火曜日

スポーツも人生も後半戦が面白い 10

スポーツも人生も後半戦が面白い 10
トモダチ
 持つべきは友、関東組とともに下関の友垣を訪ねる機会がありました。みごとなアレンジをしてもらって、楽しすぎて時間の経つのも忘れ、最終便になりました。なかには卒業以来の再会もありました。あっという間に空白は埋まり、今年の言葉「絆」を実感しました。
 初日からとびきりの鯵、鯖などを肴に痛飲、川棚温泉でふくのフルコース、名門ゴルフコース、長門市の金子みすず記念館で心を洗われ、角島大橋からの眺望を愉しみ、下関の唐戸魚市場の見学等々。

 専門分野は多岐にわたり彼らの変わらぬ話題の豊富さ、さすがに時たま遠回りの思考回路を思わせる場面にも遭遇したとはいえ、それでもまだまだ衰えを感じさせないめぐりの速さと、多方面に渡るアクティブな活躍、健在ぶりによい刺激を貰いました。

 加えて、随所に垣間見られた、彼らの英知、ユーモア、笑い、ほんものの優しさ、さりげない思いやり、男気、人間味、知性と教養、そして生ワサビよりきつい毒舌、さらには結構ホラ話も織り交ぜてくれるので、即座の判断を必要とし、首から上の体操にはなるのであります――そんなこんなで、心地よい場に浸ることができました。
 このようなトモダチの存在に深く感謝し、未だ余韻に浸っています。皆さん本当にありがとう!

2011年12月7日水曜日

ギリシャが主役

ギリシャが主役
ギリシャの債務危機を討議するEU会議が開かれた。しかし昼食後、ギリシャ代表団が姿を見せなかった。
「ギリシャはどうした?」
「全員、昼寝をしています」

ギリシャの役所で・・・。
「局長はいるかね?」
「昼から出勤です」
「午前中は働かないのか?」
「いいえ、午前中は自宅で休み、働かないのは午後です」

EU首脳会議後、サルコジ仏大統領が各国首脳をバーに誘った。
しかし、3首脳が辞退した。
メルケル独首相「とてもそんな気になれないわ」
ベルルスコーニ伊首相「高級ナイトクラブに行くので」
ギリシャ首相「帰りのタクシー代がない」

ギリシャ人、スペイン人、イタリア人がしこたま飲んだ。
閉店時、3人がバーテンダーに言った。
「勘定はドイツ人に回してくれ」

ギリシャの金融破綻の善後策をEU首脳が協議した。
仏「美術品はわが国が保管する」
伊「美人はわが国が保護する」
英「コックはわが国に連れて行く」
独「ユーロ紙幣はわが国が持ち帰る」

「身体はまるで軟体動物」

「身体はまるで軟体動物」 宇宙から帰還の古川さん報告
 国際宇宙ステーション(ISS)から22日、ソユーズ宇宙船で地上に戻った宇宙航空研究開発機構の古川聡宇宙飛行士(47)が26日、帰還後はじめてツイッターでつぶやいた。
 「地球帰還当日、気分は最高だが身体はまるで軟体動物のよう。身体の重心が全く分からず、立っていられない、歩けない。下を見ると頭がくらくらして気分が悪くなる。歩くつもりで足を出すが、太ももが思っているほど上がっておらずつまずく」と体調を表現した。

 宇宙機構によると、帰還直後は体のバランスをとる三半規管が地上の感覚に慣れず、立ち上がれない。古川さんは4カ月半かけて訓練し、筋力や感覚などを戻していく。 2011年11月27日3時6分 朝日

2011年12月6日火曜日

生命誕生の可能性ある惑星

NASA探査機、生命誕生の可能性ある圏内に惑星を確認
 (CNN) 太陽系外にある地球型惑星を探すため、米航空宇宙局(NASA)が2009年に打ち上げた探査機「ケプラー」が、生命誕生の可能性がある圏内に位置する惑星を初めて確認した。
 「ケプラー22b」と名付けられたこの星は半径が地球の約2.4倍で、地球からの距離は約600光年。恒星の回りを290日の周期で公転している。

 NASA の観測チームによると、恒星との距離は地球から太陽までの距離に比べ約15%近い。一方でこの恒星は太陽より暗くて小さく、温度が低い。結果的に、ケプ ラー22bの表面は地球上と似たような温度だと推定される。ケプラー22bに地表があり、温室効果が同程度だとして試算すると、22℃前後と「非常に快 適」な温度になるという。

 ケプラーは、惑星が公転する恒星を横切る際、恒星が暗く見える現象を検出することにより、地球に似た惑 星を探してきた。恒星との距離が近すぎると温度が高くなり、水が蒸発してしまうため、生命の存在は期待できないとされる。恒星から近すぎず遠すぎず、水と 生命が存在できる範囲を「ハビタブルゾーン」と呼び、惑星がこの圏内に位置するかどうかを基準に観測を進めている。これまでに観測された惑星の候補は計 2326個に上る。

 観測チームは今年2月、ハビタブルゾーンにあるとみられる惑星の候補が54個見つかったと発表していた。このうち初め て確認されたのがケプラー22b。結果の詳細は天体物理学の専門誌アストロフィジカル・ジャーナルで発表される。候補のうち48個については、今後確認作 業を行う予定だという。

 また、ケプラー22bの組成を調べるため、地上から観測しやすい位置に来る来年の夏には、天体望遠鏡を使って質量の計測を試みることになっている。 CNN 2011.12.06 Tue posted at: 11:27 JST

最大のブラックホール…発見

観測史上最大のブラックホール…二つも発見
超巨大ブラックホールがある楕円銀河のイメージ図(ジェミニ天文台など提供)
 観測史上最大のブラックホールを米カリフォルニア大などの研究チームが発見した。
 太陽の約100億倍の重さがあり、銀河がどのように形作られてきたかを解明する手がかりになる成果という。8日付の英科学誌ネイチャーに発表される。

 研究チームは、ハッブル望遠鏡や米ハワイ・ジェミニ天文台などで観測し、地球から3億2000万光年離れた銀河に、太陽の97億倍の重さを持つブ ラックホールを発見した。3億4000万光年先の銀河にも、同程度か、それ以上の重さのブラックホールがあった。これまでに見つかった最大のブラックホー ルは太陽の63億倍の重さ。
(2011年12月6日02時06分 読売新聞)

2011年12月3日土曜日

歩み

着実な歩み

2011年12月2日金曜日

野蛮とは?

野蛮とは?
アメリカの人類学者が、食人種の村に調査に出かけた。ある日、彼はイラクで起きている戦争について村人たちに話をした。
すると村人が聞いた。「そんなに大量の人肉をどうやって食べるのですか?」
人類学者「アメリカ人はそんな野蛮なことはしません。殺した敵の肉など食べませんよ」
村人「食べもしない敵を殺すなんて、アメリカ人というのはなんて野蛮な人種なんだろう」

橋の造りかた
ある橋の建設工事の入札が行われた。
アメリカ人「私たちは、橋を両岸から造り始めます。そうすると工事は早く済みます。パソコンを使って計算しながら造るので、真ん中でピッタリと橋は繋がります」
日本人「私たちも、橋を両岸から造り始めます。そうすると工事は早く済みます。GPSを駆使しながら造るので、真ん中でピッタリと繋がります」
中国人「私たちも、橋を両岸から造り始めます。そうすると工事は早く済みます」
クライアント「それで、どうやって橋を繋ぐのですか?」
中国人「うまく繋がればそれでいいし、繋がらなければ、橋が二つ出来るでしょう」

脳の値段
人間の脳が売られている市場があった。
ある男「これは1000ドルか?誰の脳だ?」
店員「ドイツ人のです。優秀ですよ」
男「これは?2000ドルもするけど?」
店員「日本人の脳です。最高の品質ですよ」
男はその隣に置いてある脳を指差して聞いた。「これはまた高いな、5000ドルか?一体どんな優れものなんだい?」
店員「これはブロンド美人のです」
男「どうしてまたそんなに高価なのだ?」
店員「ほとんど使っていない新品同然ですから」

2011年12月1日木曜日

ガラパゴスか世界制覇か

ガラパゴスか世界制覇か
 かねて予約のiPhone4がやっと届いた。最初のジェネレーションに比べ格段に素早いレスポンス。それにしても小型手帳サイズに機能満載、確かにスマートフォン、世界制覇もうなずける。アプリもいろいろあるようだが、小生にはベーシック機能で十分。

 セルフォンに始まった日本のガラパゴス化、せっかく高度な技術を持ちながら、保護主義、官民癒着の弊害か、経営戦略の違いゆえか、視野狭窄か、近頃世界制覇の産物が見当たらない気がする。

 掃除ロボットのルンバ、ダイソンの掃除機と羽根のない扇風機、ケルヒャーの高圧洗浄機などに匹敵する日本発のグローバルヒット商品を期待したいのですが――。

長生きの秘訣

長生きの秘訣
 人生何度目かの師走を迎えた。自分の中にある子どもの頃感じた温もりや慌ただしさ、正月に対する期待感は年々薄れていく。ちょっと残念なことだと思う。

 かつて日本の“長寿アイドル”だったきんさんぎんさんの元気さ、トークがふと蘇えった。何でも、ぎんさんから受け継いだ教えを守って娘さん4人が健在、長女は98歳らしい。

そのぎんさん語録:
①自分のことは自分でやる
②家に閉じこもっていては体がくさる
③笑う角には福来る。犬やサルは笑わんだろ
④感謝を忘れたら人間ダメになる
⑤魚は生けもんながや~

2011年11月29日火曜日

幾つになっても

幾つになっても
 あるバスツアーに招待されたのでノコノコ出かけてみた。温泉と豪華?昼食付きが売りで十三時間に及ぶ長丁場。やはりいろんなショップに案内された。さすが各々のプロ、商売上手でうまく乗せられて土産物をたくさん買わされた人もいたようだ。

 そんな一つにジュエリーショップ・工房の見学も含まれていた。事前に渡されたクイズ4問があった。全問正解で豪華プレゼントという触れ込み。小生まぐれで3問までは正解した。しゃくなので、ここで正解を書いてしまおう。①宝石といわれるものは約30種、②ダイヤの最高クラスはD、③日本で最初に発見されたダイヤは2008年四国で1mm以下のもの、④山梨県が日本の約30%のジュエリーを製作している。

 その後、展示場、即売会場へと誘導される。さすがに今まで訪れた店とは何ケタも違う値札、そうそう手が出せるものではない。せめて、かけるだけでも――と促され、悦にいってるご婦人がたが多くいた。幾つになっても実に嬉しそう!

2011年11月28日月曜日

ピザ屋にて

ピザ屋にて
店員「ピザは六つに切りましょうか?それとも十二に切りましょうか?」
太朗「六つにして。十二切れも食べられないから」

死亡診断書
看護師「先生、死亡診断書にサインをお願いします」
医者「さっき書いたはずだが・・・」
看護師「先生は死亡原因欄にご自分の名前を書かれていますが、これでよろしいので?」

ユダヤ人商法
ユダヤ人経営のバーにこんな貼り紙があった。「お代はあなたのお孫さんの代にツケられます」
これを見た客たちは喜び、朝までとことん飲んで、いい気分で帰ろうとした。
客「それでは代金はツケで頼むぜ」
マスター「100ドルいただきます」
客「何だって?ツケが利くって書いてあるじゃないか!」
マスター「ええもちろんです、今夜の代金はツケにさせていただきます。でも、あなたのお祖父様の分を払っていただきます」

2011年11月27日日曜日

世界に通じる日本語

世界に通じる日本語
 「オックスフォード英語辞典」は英語最大の辞典で20巻構成、49万語が収録されており、そのうち日本語が382語も収録されていると言います。
 一つ一つ確認したわけではありませんが、暇に飽かせて?世界に通じる日本語の一部をピックアップして見ました。

その前に使用例:
 フランスでは・・・“もっとzenになろうよ”は「落ち着いて」「興奮するなよ」の意味で使われる。
 メキシコでは・・・“マルちゃん”は「簡単にできる」「すぐにできる」を意味する。
火鉢Hibachi:火鉢そのものというより、「鉄板焼スタイル」の日本食を「Hibachi Grill」と呼ぶようだ。

 班長:意外や意外、なぜか“honcho”という英単語になっている。
 (用例)He volunteered to honcho the new big project.
 えびyebi:shrimpでもprawnでもなく、クルマエビサイズのものは「えび」でOK
 もったいないMottainai:自然や物に対する敬意、愛などの意思が込められているような言葉が他の国では表せなかったらしい。

食べ物
 弁当Bento、大根Daikon、インスタントラーメンinstant ramen、柿、味噌Miso、Sake:酒、Sashimi:刺身、Shiitake:椎茸、すき焼き、すり身Surimi、Sushi:寿司Tempura:天ぷら、照り焼きTeriyaki、Tofu:豆腐、えびyebi、わさび、和牛、はまち、ゆず、ポン酢、だし、しそ、梅干、Yakitori:焼き鳥

スポーツ
 Aikido:合気道、Budo:武道、Ekiden:駅伝、Judo:柔道、Karate:空手、Kendo:剣道、Kyudo:弓道、Sumo:相撲

文化
 Anime:アニメ、Bonsai:盆、武士道、Enka:演歌、Geisha:芸者、俳句、Ikebana:生け花、Kabuki:歌舞伎、Karaoke:カラオケ、Kimono:着物、Manga:マンガ、No:能、温泉、Origami:折り紙、Otaku:オタク、Pachinko:パチンコ、Pikachu:ピカチュウ、Pokemon:ポケモン、Shakuhachi:尺八、指圧Shiatsu、障子Shoji、Ukiyo-e:浮世絵、Zen:禅

地名
 Kobe:神戸、Kyoto:京都、Nippon:日本、Osaka:大阪、Tokyo:東京、Yokohama:横浜

会社
 Fujitsu:富士通、Hitachi:日立、Honda:ホンダ、Jintan:仁丹、Kawasaki:カワサキ、Minolta:ミノルタ、Mitsubishi:三菱、Nikon:ニコン、Nintendo:任天堂、Nissan:日産、Sanyo:三洋、Seiko:セイコー、Shiseido:資生堂、Sony:ソニー、Suzuki:スズキ、Toyota:トヨタ

その他(1)
 Akira Kurosawa:黒沢明、バンザイBanzai、ビミョウ、ブシドウ、ちょんまげ、Fuji:富士、Futon:布団、ハラキリ、班長honcho、火鉢Hibachi、ひきこもりHikikomori、Hiroshige:広重、Hokusai:北斎、Ijime:いじめ、Issey Miyake:イッセイ三宅、Jishin:地震、Jisatsu:自殺、Kaizen:改善。蚊取り線香Katori-Senkou、Kamikaze:神風、Karoshi:過労死、カワイイ、系列Keiretsu、Kenzo:ケンゾー、交番Koban

その他(2)
 帝Mikado、Mottainai:もったいない、Ninja:忍者、Sakura:桜、Samurai:侍、Sayonara:さようなら、シブイ、Shinkansen:新幹線、Shinto:神道、Shogun:将軍、数独Suudoku、Tatami:畳、Tenno:天皇、Toshiro,Mifune:三船俊郎、Tsunami:津波、Utamaro:歌麻呂、残業Zangyo

2011年11月26日土曜日

世界に通じる日本発独創性

世界に通じる日本発独創性の一例
 TPPの農業分野への影響が一部で問題視されているが、ブランド化した果物などこんな例がある:satsumaサツマオレンジ(温州みかん)、りんご、イチゴ、Kobe beef等々

 日本の独創的発明:四角いスイカ、オセロ、VTR、インスタントラーメン、胃カメラ、ヘッドフォンステレオ、乾電池、カラオケ、産業ロボット、アシモ、アイボ等々

2011年11月25日金曜日

温州みかん

温州みかん
 師走が近い今日この頃、もう直ぐ「こたつ&みかん」の季節がやってくる。我々がよく口にする代表的なみかんの正式名称は『温州みかん』という。ちなみにこれ「おんしゅう」ではなく「うんしゅう」と読みます。温州みかんの「温州」って、どこだろう?こんな地名日本にあったっけ?
 みかんを『広辞苑(第四版)』でひいてみると、真っ先に「ミカン属の一品種の温州蜜柑のこと」と出ていた。

 さて、柑橘類には土地の名前が入ることが多い。愛媛県の『伊予柑』や、宮崎県の『日向夏』などは好例だ。さらに、和歌山県を思い浮かべる人も多いだろうが、旧名は「紀州国」。温州の“う”の字も出てこない。……じゃあ、「温州」って一体どこの地名なのだろうか?

 意外や意外。温州は、中国の東シナ海に面した浙江省(せっこうしょう)にある市の名前。日本ではなく中国の地名だったのだ。温州は、中国では「ウェンジョウ」と発音されており、それが日本で「うんしゅう」と読まれるようになったらしい。

 でも、肝心の温州と『温州みかん』の関係はどうなのか? JA和歌山県農の広報担当者の弁によれば・・・

 「このみかんは、浙江省の温州が柑橘産地であることも手伝ってか、中国原産と思われがち。しかし実際は、鹿児島県の長島地域が発祥の地だといわれています。中国の『橘録』という書物で、温州のみかんを褒める記述があり、温州みかんはそれにちなんで付けられた名前のようです」

 ちなみに欧米では、このみかんを原産地である鹿児島にちなんで、「サツマオレンジ」「サツママンダリン」と呼んでいるそう。なんと、英語圏の人々の方が、正しい産地名で呼んでいたとは……。

 なお、日本の全柑橘類の生産量うち、約3/4は『温州みかん』が占めているそうで、その実力を再確認させられた。

2011年11月22日火曜日

笑いの効用

笑いの効用

人生でもっともむなしかった日は、笑わなかった日である(シャンフォール)
笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである(ニーチェ)
生き物の中で笑うのは人間だけ。それも賢いものほどよく笑う(ユダヤの格言)

 世界をキリスト教文明圏、イスラム教文明圏、中華文明圏などに分類したサミュエル・ハンチントンは、日本について「他の文明圏のように多数の国々によって構成される文明圏には属さず、日本一国でひとつの文明圏である」との持論を展開している。


 そのような日本、笑いひとつとってもいろいろと豊かな表現がある、日本語には笑いに対する繊細な感覚がある。必ずしもすべてが日常的に使われているわけでもないが、たとえば:大笑い、失笑、冷笑、含み笑い、哄笑(こうしょう)、侮笑、爆笑、高笑い、微笑、談笑、嘲笑、歓笑、引き笑い、轟笑、照れ笑い、誹笑、嬌笑、苦笑い、馬鹿笑い。 
さらに、「山笑う」という表現、これは俳句における春の季語で、春の山の草木がいっせいに若芽を吹く様子を言う――とのこと。

 笑いは健康にも心にも良い効果を与えることが知られています。人や赤ちゃんの笑顔を見ると、とても心が和みます。思いっきりお腹の底から笑ったときは気持ちがすっきりします。自分にも周りの人々にも、心を和ませ、元気を与えます。
 人間関係の潤滑油にもなります、相手をほっとさせます、気持ちをリラックスさせます、自分自身の気持ちも落ち着きます。

 また、「脳の活性化」「免疫力の強化」「運動能力の向上」という効果があることが認められています。「笑う」ことで自然に腹式呼吸ができます。腹式呼吸で酸素が脳にゆき渡り、自然に、また意識して大きな声で笑うと、それが「脳の活性化」につながるといいます。

 「笑う門には福来る」ということわざがありますが、まさに笑いは百薬の長といえます。実際、笑いはさまざまな病気治療に役立つことが科学的にも証明され、医療現場にも取り入れられるようになってきました(詳細は略)。

 おもしろいことに、「笑い」の健康効果は「作り笑い」でもあるということです。心からの笑いでなくても、「笑う」という行為自体が身体によいということです。笑うフリ(動作)をするだけでも「笑いの効用」があるそうです。

2011年11月21日月曜日

皇室外交

国民総幸福量
 「私の人生の最大のテーマは痩せることよ。そのために生きているの」・・・とノタマワク米人女性がいた。戦いは(肉食、脂っぽい食事とそのボリューム + 甘いケーキとお菓子)vs(ジョギング、フィットネスクラブ、水泳、自転車、エアロビクス)である。
 少しだけアメリカに住んでいたずいぶん昔のことになるが、当時から男女を問わず多くのアメリカ人が豊かな食事とジム通いやジョギングをしていた。矛盾することをしているな、単純に食べる量を減らせば済むことじゃないかと思っていたものだ。アスリートは別として、今や世界中のいわゆる多くの先進国で、広く見られる現象になってしまったようだ。

 国民の9割が幸福を感じていると言われるブータンの若いワンチュク国王夫妻の来日、親日的で、温かい思いやり深い人柄、かつ、爽やかな真の「皇室外交」が話題になり、国民総生産にかわる国民総幸福量 (GNH:Gross National Happiness) という概念が紹介されていた。考えさせられた一週間だった。

2011年11月20日日曜日

大いなる矛盾

大いなる矛盾
Q:ユダヤ人はアラブの子だくさんを笑い、またアラブの人口が増えることを恐れている。しかし、イスラエルは大いなる矛盾を犯している。それは何か?
A:イスラエルによって夜間の外出禁止令が出され、電気が切られ、テレビも観られないパレスチナの人々。彼らはそんな状況下で“他に”何をするだろうか?

助かったのは誰?
Q:宮殿では”金王朝一族”と国家幹部が祝典の晩餐中であった。その時、人工衛星のデブリが宮殿を直撃した。助かったのは誰か?
A:北朝鮮人民。

大震災の中で
東京から来たボランティアの学生が被災者に言った。
「東京も関東大震災から復興しました。頑張りましょう」
それを聞いたひとりのオジサンが答えた。
「お兄さん、若そうに見えるけど年いくつや?」

2011年11月18日金曜日

各国事情

各国事情
日本人、アメリカ人、北朝鮮人の三人がサウナに入っていた。
 すると突然、どこからか、「ピー、ピー」という音が聞こえてきた。アメリカ人が右ひじの辺りを軽く押すと、その音が止まった。
アメリカ人「これはポケベルなんだ。肘の皮膚の下に極く薄いチップが埋め込んであるのさ」
 しばらくして、今度は「プルルル、プルルル」と言う音が聞こえてきた。日本人が手のひらを耳に当てて話し始めた。他の二人が怪訝そうな顔をして覗き込むと、
日本人はこう言った。「これは電話なんですよ。手に最新のマイクロチップを埋め込んであるんです」
 北朝鮮人は悔しくてならなかった。やがて何かを思いついたらしく、トイレに行った。戻ってきた北朝鮮人のお尻にはトイレットペーパーの切れ端がぶら下がっていた。ビックリした他の二人は彼の顔を覗き込んだ。
彼は言った。「おお、ファックスを受信したみたいだ」

鯨の代わり
オーストラリア人が日本人に言った。「鯨を食べるなんて絶対に認められない」
日本人「なぜですか?」
オーストラリア人「鯨は高い知能を持ち、豊かな感情を持つ生物だ。かわいらしく愛嬌もあるじゃないか。そんな高等な生物を食べることなど許されない」
日本人「それでは、これからはオーストラリア人を食べることにしよう、ワハハ」

肉屋でお買い物
イタリア人男性と結婚した日本人女性はあまりイタリア語が得意ではなかった。
 ある日、彼女は肉屋へ行って、モモ肉を買おうとした。しかし、どう言えばいいのか分からなかったので、思い切ってスカートをめくり、自分の大腿を指差した。そして、無事この日の買い物ができた。
 次の日、同じ店でムネ肉を買おうと思った。同じような方法で、彼女は思い切ってブラウスをはだけ自分の胸を指差した。ムネ肉を買うことができた。
 またその翌日、彼女はソーセージを買おうと思った。そのために、今度は夫を連れて店を訪れた。
・・・なぜかって?あなた・・・、何を考えているんですか?
夫はイタリア語が話せるんですよ!

2011年11月17日木曜日

フィンランド四方山話

フィンランド四方山話

 *それにしてもフィンランドは不思議な国です。自分たちをスウォミと呼ぶフィン族の国ですが、他の北欧人やロシア人とは区別がつきにくいです。ただし、言語は、アルファベットは使っているものの他の西欧諸国とは全く別物。発音は日本人には易しいので私は直ぐに片言はしゃべれるようになりました。人口はたったの五百万人しかいませんが、国民一人ひとりが優秀で近隣国の度重なる支配や介入を受けた歴史により独特の処世術を身に着けていると思います。

 もう一つ不思議なことがあります。フィンランドのがんによる死亡率が意外と低いこと。ポリフェノールたっぷりの食事、コーヒーの多飲、たばこが高価なので喫煙率が低いなど諸説ありますが、私はストレスを溜めないライフスタイルによると思ってます。
http://la-chocolatiere0321.tea-nifty.com/blog/2009/12/520-bae1.html


 *興味ある研究があります。フィンランドの人たちは脂肪摂取量がアメリカとほぼ同様ですが、大腸がん死亡率はアメリカが24.0に対しフィンランドはその半分以下です。そこで、比較研究が実施されました。際だっていたことは、フィンランドでは繊維成分の多い食事をとっていたことでした。このため、便通の回数は一日平均1.9回、ふん便の量は約三倍であることが解明されました。

 さらに、脂肪の多くを米国では肉から、フィンランドでは乳製品からとっていました。大腸がんの多いデンマーク・コペンハーゲンの人たちとの比較でも同じような結果が得られました。摂取する脂肪の種類や食物繊維も大腸がんの発生に関係していることが考えられます。脂肪分の少ない快食と食物繊維による快便が大腸がんの発生を予防する第一歩です。http://www.convention.co.jp/hcs/kenkou/kenkou21.htm

2011年11月16日水曜日

ウォール街を占拠せよ

ウォール街を占拠せよ!

*格差や若者の失業に反発する「ウォール街を占拠せよ」の運動は全米に拡大し、1ヶ月で3000万ドルの寄付が寄せられた。
デモ隊はその3000万ドルをウォール街で株式に投資した。

*ウォール街のデモ隊のスローガン。「最低年収1万5千ドルを保証せよ」
ウォール街の投資会社幹部のスローガン。「最低時給1万5千ドルを保証せよ」

*オバマ大統領がウォール街占拠デモを視察し、若者らに話しかけた。
「失業するってどんな気持ちなのかな?」
若者「あなたも来年分かるようになります」

 (Sapioより)

2011年11月15日火曜日

印象に残る人材

印象に残る人材
いずれも原発がらみの内容であったが、印象深かった。

1.文春12月号の記事を見て知った。すごい人が居たんだ日本には――と思った。久邇晃子(くにあきこ)氏。外国経験が長いにもかかわらず優れた日本語表現力、上品な言い回しと論理性、素晴しい人材。聞けば、元皇族という出自。 

2・たまたまTVインタビューが目に飛び込んできた。山本太郎氏。損得勘定抜きで、自分の意見を伝え、かつ、行動に移せる俳優。大変に爽やかな印象。昨今稀にみる逸材。

2011年11月10日木曜日

佐藤初女さん語録

佐藤初女さん語録

*家庭の和は「食」が基本
*幸せな食卓の体験は丸いちゃぶ台から

*体が欲するものを食べる
*食べ物ほどストレートに心を伝えるものはない

*小さな子どもは、大人が考えている以上においしいものは分かります

*薬ではなく、食べ物で病気を治そうと決めました
*人が最後に食べたいものは、きっといつもの食事

2011年11月9日水曜日

スポーツも人生も後半戦が面白い 9

マイ新車
 このところ歩行者と自転車(バイク)の事故多発が大きな問題になっており、特に都心における自転車走行規制が厳しくなってきたようだ。一つにはバイクの歩道走行、スピード違反や信号無視多発に起因するようだ。勝手なもので、車を運転していると何とも自転車が邪魔に思う。逆にバイクで車道を走るのは「チョー」怖い。

 そんな折にもかかわらず、これまでママチャリしか乗ったことがないのに、敢えて初心者向けマイ新車、トレックのクロスバイク、“タンソク”仕様を手に入れた。大義名分はダイエット、健康維持、行動半径拡大と言ったところである。

 都心から直線60キロ圏のこの地は、幸いほとんど半分は田舎状態、ペデストリアンと呼ばれる(pedestrian corridorの略称形?遊歩道のつもり?)歩行者、かつ自転車も可の弱者優先道が、10キロ近くにわたって街のど真ん中を貫いている。
 途中何ヶ所か車道と交差するものの、いくつかの公園、文教地区、研究所群、ダウンタウン、TXつくば駅、図書館、科学館を経て、大学キャンパスへと続く。

 いまだクロスバイク慣らし運転中であり、走行距離は120キロ程度だが、第一印象は軽い、スピードが出る、爽快な走りを愉しんでいる。

 一たびバイクに乗ってみれば、これまでは歯牙にもかけなかった自転車専用道路の拡充・拡張・充実を望む大変身勝手な自分がここに今あるのであります。

2011年11月6日日曜日

塩がらみの話

塩がらみの話
ラテン語sal → 英語salt  
健康、乾杯 → salus(古代ローマ:サルース)
ローマの兵士には給料の一部を塩で払っていたから → salary
生野菜に塩を加えて作ったから → salad
コーカサスの人々 → アルメニア産の岩塩 → 血圧180~200で長寿

あるお医者さんの話
体温が一度下がると基礎代謝が12%落ちる、免疫力も35%落ちる
がん細胞は低体温でいちばん増殖する、35℃が最も増殖する、39.3℃になると死滅する
サウナに入ると体温が40℃近くになる

2011年11月5日土曜日

超新星の残骸

NASA:超新星の残骸「RCW86」 最新画像を公開

 4つの宇宙望遠鏡の機能を組み合わせて観測した記録に残る最古の超新星の残骸「RCW86」=米航空宇宙局提供
 米航空宇宙局(NASA)は、約2000年前の記録に残る最古の超新星の残骸「RCW86」の最新画像を公開した。超新星は寿命を迎えた恒星が大爆発する現象で、突然明るく輝き出し、星が生まれたように見える。爆発の謎の解明に迫る成果という。

 この超新星は中国の天文学者が西暦185年に観測した。中国の史書「後漢書」に8カ月間輝き続けたと記録されている。南天のコンパス座方向にあり、地球からの距離は8200光年。現在は超新星爆発で熱せられたガスなどの残骸が残っている。

 画像は、NASAや欧州宇宙機関(ESA)の4種類の宇宙望遠鏡がとらえた赤外線やエックス線などの光を重ねた。その解析から、NASAは、この 天体は二つの星が一つの重心の周りをペアで回る連星で、片方の星がもう片方の物質を吸い込み続け、自らの重さに耐えられなくなり爆発したと指摘した。【比 嘉洋】毎日新聞 2011年11月5日 11時13分(最終更新 11月5日 12時09分)

2011年11月3日木曜日

プロポーズ?

プロポーズ?
NYCで出会った太郎と花子
太郎「ネイティブのように随分と流ちょうな英語を話しますね。聞きとりはどうですか?」
花子「そうね、75%ぐらいかしら」
太郎「ボクは25%、一緒になれば完璧になるね」
花子「???」

新しいアイディアを持つ人間は、そのアイディアが成功するまでは変人である。 マーク・トウェイン

何事もできるだけ単純にすべきだが、単純にしすぎてはならない。 アインシュタイン

始めるときが適齢期

2011年11月2日水曜日

Honoluluなう

Honoluluなう
 当地に来てから10日ほどになる。水着を新調し、初めてホノルルで少しだけ泳いだ。紫外線が弱まる陽の落ちかかった時刻、それも海ではなく淡水プールで。爽快さがあった。直ぐにでもいつでも泳げる環境なのに、なんで今まで避けてたんだろうと思う。

 こちらの人(ネイティブではなく主に白人)は日差しが弱まってから水に入ることが多いようだ、肌がそれほど強くなく、強烈な陽に耐えられないらしい。それにしても日焼け止めクリームを塗って日光浴している人もいる。さまざまですね~。

2011年10月30日日曜日

ベビーシッティング

ベビーシッティング
 信頼の証か有難く名誉なことに孫息子のケアを任される。ホノルルという異国の地にあって助っ人なしの本番9時間の長丁場。
もちろんおおよそのタイムテーブルがあり、何時頃どうする、そのあと1時間ぐらいガーデン散歩、その後空腹を察知したら食事、昼寝の時間確保、香ってきたらおしめの取り換え、給水をマメに、様子を見ながらおやつを与える等々結構変化に富んでいて、こなすべきことは山のようにある、しかも臨機応変さも求められる。

 前日のリハーサルは4時間無事に切り抜けたとしても、何せすべてはVIPのご機嫌次第。
 ベビーシッター歴皆無に等しいど素人・初心者・半人前が奮闘努力する。安全第一、怪我のないようにが至上命令。常に動きを把握する緊張の連続。トイレに行ってもドアは開けっ放し。好奇心旺盛な1歳半のチビちゃんは、のこのこついてきて覗き込む。後学のためにおしめがとれたらこうやってするんだよと教える。今や「車は直ぐには止らない」状態(多分)で、あまりに近寄り過ぎてもいけないのでどうしてもブロックをかけて変則態勢になる。

 VIPが発熱でもしたらさらに大変だろう、ちょっとぐずっただけで、熱があるんではないか上がるんではないかと気が気ではない。そうなったらどこのタイミングで連絡するんだろう。
 こんなことは世のママ達には日常的にごく当たり前にやっていることだと云われるであろうが、ママ稼業は、特に仕事を持つママは並大抵ではなかろう。母は強い、凄いと感心しきり、大変さの一端を痛感している。
 可愛い可愛いと云って、良いとこ取りしているうちが華だ。

 いっそかつての日本の世界、外は土と野原、家に入れば畳敷き――が優れた体制に思われてくる。時代の先取りとして一定の核家族化を取りこんだ新しい形の大家族制確立が望まれる。

2011年10月24日月曜日

パラレルワールド

パラレルワールド
 ビッグバン理論は現在、多くの学者がスタンダードなものとして認める定説である。しかし、そのビッグバン理論、およびそれをささえるインフレーションモデルには、じつは穴があった。ある科学者は、超ひも理論として有望視されているM理論に触発され、その穴を補う新理論を打ち立てた。宇宙は2つのブレーンワールドが衝突することにより、膨張と収縮を周期的に、ことによると永遠に繰り返すという、サイクリック宇宙である。

 ダークマターは過去を支配し、ダークエネルギーは未来を作って行く。

 インフレーションモデルでは、空間の大部分は統制の取れていない乱れた状態にあって、高エネルギーの激しいインフレーションを経験する。この過酷な空間の至るところにまばらに散らばった領域でインフレーションが終わって放射と物質が生成するが、それぞれの領域は大きく異なる姿をしている。全体は一つの宇宙とは到底言えず、まったく異なる領域を無限個抱えた多宇宙となる。
 この描像によれば、地球は多宇宙の中でも生命が存在しうるとても稀な場所に位置している。天文学的な最大スケールで見えるものが人間の存在に必要な条件に強く制約を受けているという、とても特殊な場所だ。

 サイクリックモデルはそれとはまったく違い、宇宙はどこでもほぼ同じだという描像を与える。空間のすべての領域が規則的に繰り返される一連のサイクルを通じて統制の取れた形で進化し、そのサイクルはビッグバンで始まってビッグクランチで終わり、ダークエネルギーはそのサイクルを動かしつづけるという重要な役割を果たす。
 すべての領域で、銀河、恒星、惑星、そしておそらく生命が何度も繰り返し誕生する。宇宙は統計的なくじ引きなどではなく、物理法則に支配されるダイナミックな進化によって必然的に生み出されたものだ。


このように「サイクリック宇宙」論が取り上げられてくると、魂は次元を超えるか?科学と宗教との合体はあるのか?輪廻転生との関連があるのではないか?等々の新たな疑問が沸いてくるのであります。なんと不思議で、面白い世の中であり宇宙なのでしょうか?ワクワクしてきます。

珍説“宇宙金魚鉢”論

珍説“宇宙金魚鉢”論
 幼き頃から誰もが抱いてきたであろう“永遠”の疑問――宇宙はどのようにして誕生したのか?宇宙のはじっこってあるんだろうか?今後宇宙はどうなるのだろうか?そして、少し長じて――物理法則は宇宙のどこでも同じなのか?時間と空間は永遠に存在するのか?宇宙は一つだけなのか?今日観測されている物質や光は最終的にどうなるのか?

 こどもの疑問と侮るなかれ、選ばれた一流の宇宙物理学者や数学者も同じ疑問を抱き、彼らは専門家としてその課題に取り組んでいる。

 巷の例に漏れることなく幼少の自身も、雲を眺め、空を眺め、夜空を眺め同じ思いにふけった記憶がある。

 そうこうするうち、むかしむかしある時閃いた。宇宙の端に向かってずっと旅して行くと、突然、「おじいさんとおばあさんが陽のあたる縁側に腰掛けて金魚鉢を眺めている場」が新たに現れる。そしてまた同じことの繰り返しが起きる。
 したがって、宇宙に際限はないんだとの勝手な結論を導き、自分自身はそれを一応の区切りとみなしていた。

 最近いくつかのこの手の啓蒙書に目を通す機会があった。半世紀を越える時を経て、宇宙物理の進歩から見えてきた宇宙の姿が、意外や意外、「金魚鉢」説を思い起こすことになったのであります。以下に啓蒙書類からそのエッセンスを記してみたいと思います。

2011年10月19日水曜日

宇宙のガンマ線、3分の1は発生源不明

宇宙のガンマ線、3分の1は発生源不明 NASA

 ダークマターの発見だと画期的だが!

写真:NASA/DOE/FERMI/LAT COLLABORATION

(CNN) 米航空宇宙局(NASA)のフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡で観測された1873のガンマ線のうち、発生源がまったく分からないケースが600件近くに上ることが分かった。NASAがこのほど、ウェブサイト上で明らかにした。

ガンマ線は大質量の星の爆発などで放出される高エネルギーの電磁波。NASAは最近2回にわたり、同望遠鏡で発見したガンマ線源のリストを公開した。「パル サー」(中性子星)や「ブレーザー」などの天体が特定されている。しかしフェルミ・チームの科学者デービッド・トンプソン氏によると、「発生源が何もない と思われる方向からガンマ線が来ているケースがある」という。

研究者らによると、こうした「謎のガンマ線」は、目に見えない「ダークマター」(暗黒物質)から発生している可能性がある。ダークマターは宇宙にある物質の85%を占めているとされるが、これらがぶつかり合ったり消滅したりする際にガンマ線を発し、NASAの望遠鏡が検出したとも考えられる。事実だとすれば、ダークマターの存在をとらえた初の観測となる。

トンプソン氏は「フェルミのプロジェクトは続く。パズルの答えを求め続けるなかで、さらなる驚きに遭遇するかもしれない」と話している。CNN 2011.10.19 Wed posted at: 19:28 JST

2011年10月14日金曜日

天下道

天下道

天下道あれば、則ち庶人議せず。 ―― 孔子

生命は刹那の事実なり、死は永劫の事実なり。―― 長谷川如是閑

政事は豆腐の箱のごとし、箱ゆがめば豆腐ゆがむなり。 ―― 二宮尊徳

政治…仮装して行う利害得失の争い。 ―― ピアス

近代国家の行政は、ブルジョアジーの公務を管理する一つの委員会にすぎない。―― マルクス、エンゲルス

人は二つの方法によって生きる。つまり、社会に従うか、自然に従うかである。 ―― ユーゴー

2011年10月13日木曜日

風呂の歴史:海外編7

風呂の歴史:海外編7

世界一周お風呂の旅は今回で一応の区切りとします。

7)アフリカのお風呂
アフリカにはいわゆる施設としての風呂はない。すべて臨時のものであり病気治療のための浴法である。
 北アフリカは地中海地方に含まれるが、サハラ以南はどんな入浴法なのか。サバンナのような乾燥地帯では基本的には風呂に入らないし、その必要もない。熱帯地方は東南アジアと同様の水浴の世界である。しかし病気の治療を目的とした蒸気浴や煙浴がみられる。

 西アフリカのシエラ・レオネやリベリアあたりのメンデ族は、クレ・ラという葉を煎じた液の蒸気の中に患者を座らせて、その蒸気を吸わせる。
 中央アフリカのマンディゴ族では、小さな小屋の中に患者を入れ、そばに火の燃え残りと薬草の入った壺を置く。そして小屋の上を隙間のないようにござで覆う。すると残り火の煙でいぶされ、かつその火で汗をかき、さらに薬草の蒸気も出るという具合で熱気・蒸気浴の煙浴である。

 北東部バンツーのガンダ族では、熱病の治療に熱気浴を用いる。下コンゴのバフィオテ族では、家の床に穴を掘り、その穴の周りの壁土にバナナの葉を張り付け、その穴に薬草を混ぜた湯を注ぎ込んで湯浴する。
 ベルギー領アフリカでは、土中に患者を埋めその上で火を燃やす。まさに土浴ともいうべき発汗浴である。子供のできない夫婦の場合、ござの囲いの中で火を焚き、数種類の木の根を鍋で煮て、ヤギの子宮を鍋の下にくべる。そうした中で汗をかくという呪術的な煙浴まである。
アフリカ南部のナマ・ホッテントット族では、硫黄温泉を沐浴と蒸気浴の両方に用いた例もある。


 これまで世界の風呂の歴史をざっと見てきました。
 世界各地でさまざまな形の風呂があり、その地域独自の風呂もあれば、互いに交流があって共通の風呂もあります。入浴法も熱気浴、蒸気浴、熱湯浴、水浴、煙浴などいろいろです。

 風呂の変遷はそれなりに興味がそそられておもしろいのですが、いったい風呂というものはなんのために生まれたのか。
 風呂というもののそもそもの意味、すなわち風呂の起源について考えたとき、「恍惚」(シャーマニズム)から派生したという仮説があります。シャーマンあるいはシャーマンとともにいた人が、トランス状態にはいるための技法のひとつとして成立したというわけです。

 エキスモーの風呂にみられたように、熱さと酸欠と煙で男達は息も絶え絶えになるまで家の中の風呂に我慢してとどまっている。こういうことはそこによほどの意味を見出さない限り、繰り返し行わないであろう。気持ちがいいとか、たまたま病気が治ったぐらいでは繰り返されるものではない。このもうろうとした状態の意識にその意味がある。
 それはトランスにはいりやすい状態、すなわち恍惚とした状態である。
狩猟の安全や成果、病気の治療であれ、人の生存に関わることは、トランス状態に入ったシャーマンの天上の神のご託宣により決せられていたのである。だからトランス状態に入ることはきわめて重要なことなのである。

 トランスに入る方法にはいろいろある。
 単調な太鼓の音に合わせて歌い踊る、あるいは激しい身振りを続けるうちに一種の陶酔感、無我の境地を感じるのも、逆に身体を痛めつける苦行、例えば皮膚に傷をつけて放血したり、断食や極度の疲労なども、恍惚とした状態に入れる方法であった。
 さらに薬物を飲んだり食べたり、あるいは吸ったりして意識をもうろうとさせる方法もある。風呂と幻覚剤を組み合わせた例もある。焼き石に大麻をくべたり、風呂の中でタバコを吸うこともしていた。
 毒キノコやサボテン、コカの葉も恍惚に導く強力な手段であった。これらがすべて入浴と結びついていたというわけではないとしても、十分に推測しえることである。

 私達日本人が風呂にどっぷりと浸かったとき、特に寒い冬場などには、大きなため息とともに「あー極楽、極楽」と言葉を発するのも、一種の恍惚の精神状況になっているのかもしれない。(http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/rekisinonagare.htm)
 

2011年10月12日水曜日

風呂の歴史:海外編6

風呂の歴史:海外編6
6)中南米の風呂

 中米の風呂は北米インディアンの風呂とはかなり違う。現在メキシコで使われているテメスカルという風呂は、ドーム状あるいは箱型の家で煉瓦で造られている。その外側にくっついて炉が設けられている。家の大きさはいろいろだが、風呂の内側 の高さはおよそ1m、円形のものでは直径が2mほど、箱型のものも2×2mぐらいで、数人が入れる。18世紀頃の記述では10人位入れた大きなものもあったという。
 
 まず炉で火が焚かれる。煙は浴室にも充満する。病気を治療する場合は、十分に熱せられた後に、一鉢の水と草の束あるいはトウモロコシの葉を持って裸で入る。入り口は閉じられ、煙り出しの穴もしばらくしてから閉じられる。それから熱せられた石に水を注ぐ。横たわった病人の特に悪いところを、水をしませた草の束で優しくたたく。こうして汗をかかせ、具合がよくなると入り口を開け病人を外に出す。

 現在では、産後の婦人専用といってよいほどに、このテメスカルを用いている。テメスカルというのはもともとはマヤ語系のナワトゥル語のテマツカリからきた言葉で、テメは「風呂に入る」、カリは「家」という意味で、「風呂の家」ということになる。

 南米には風呂とみなせるものは極めて少ない。インカ帝国では、石造りの立派な浴槽が見られるが、これは水浴用と考えられるもので、温かい風呂はインカにはないようである。

 アンデス高地ではインカの例のように水浴していたものと思われるが、2000メートルを超える高地ゆえ、水が冷たいからそんなに一般的ではない。病気の治療用として用いられたのではないか。
 しかし、チリ中南部のアラウカニア族は蒸気浴を、ペルー・アマゾンのナンビクアラ族やトゥパリ族の薬用の湯風呂など、病気治療用に蒸気浴や熱気浴を用いていた。
 
 また風呂ではないが、風呂と強い相関関係のある発汗、蒸気治療法として、南米の南端ホーン岬あたりに住むヤーガン族では、全身を包むような服を患者に着せ、火の近くに座らせて発汗させるということも行われた。

 中米のホンジュラス北部高地に住むレンカ族でも患者に服をいっぱい着せて汗をかかせるという治療法がみられる。また身体を部分的に熱い砂の中に埋めるという方法も知っていたようである。(http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/rekisinonagare.htm)

2011年10月11日火曜日

不潔の歴史

不潔の歴史
 『不潔の歴史(Dirt on Clean)』を読むと、毎日お風呂に入れることが奇跡のようにありがたいなぁ~と感謝したくなるはずだ。 欧州ではギリシャ・ローマで賑わっていた水浴・入浴の習慣は、暗黒の中世ですっかりと途絶えたが、十字軍の遠征によって「トルコ風呂」として再発見される。しかし14世紀以降に大流行したペストが「毛穴から入り込む」と信じられたため、肌を露わにする習慣は再び立ち消えとなる。

 欧州の香りは均一ではない。名実ともに最も不潔な地域として異臭を放ったのはフランスとスペイン。主な理由は、①温暖な気候、②イスラムへの恐怖と異端審問、の2つだ。

 イギリス生活では、仮に夏場に毎日シャワーを浴びないとしてもさほど悲惨ではないが、温暖な地中海気候の地域ではそうはいくまい。フランスのルイ14世の入浴は生涯に1度こっきりだったと言われているので、香水が発達して当然だ。

 同じ地中海気候の中でもスペインとフランスがダントツで不潔な理由は、スペインでイスラムに対するレコンキスタ(失地回復運動)が進行する中で、「入浴の習慣はイスラム的」であるとして全面禁止にされたためだ。「風呂に入る」ことが異端審問の対象だったのだ。

 「恋に落ちたシェークスピア」や「エリザベス」に漂う香りよりも、スペインのサンチアゴ大聖堂やフランスのシャルトル大聖堂に充満していた匂いを想像できるだろうか。いかに強烈な刺激であれ、長時間続くと感覚は麻痺していくものだが、教会という密閉された空間に、生涯未入浴の巡礼者が大挙してひしめき合ったとき、酸欠やガス中毒で斃れた人はいたでしょうね・・・。

■この本から学ぶ教訓
 紀元前5世紀のギリシャで医学の祖ヒポクラテスが「入浴の達人」として知られていた。温浴・冷浴の組み合わせによって4つの体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)のバランスを取ることが健康の要であると提唱。これは現代人がもっと取り入れるべき。現代人はアメリカの石けん革命(1920年代)を引き継いでいるが、無臭化社会や無菌化社会の行き過ぎにはご用心。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1906255

2011年10月9日日曜日

風呂の歴史:海外編5

風呂の歴史:海外編5

5)シベリア、ロシア、北欧の風呂

 エスキモーはじめとしてアメリカ・インディアンはシベリアから移住してきた人々であり、住居もよく似ているし、風呂も熱気浴があったであろうと想像されるが、19世紀以降のシベリアの民族誌の中には風呂の記述はほとんどない。

 カムチャッカ半島に住むカムチャダール族は、皮膚病などの治療のために、温泉に入っていたらしい。硫黄の臭いのする100度近い温泉のそばに穴を掘り、湯をその穴に引いて、40~50度ほどに下げて用いていた。また温泉の上に小屋を建てることもしていた。しかし、その少し西方に住むギリヤーク族は、水の中に入ったり、降ってくる雨で身体を洗ったりしている。

 シベリア中央部に住むサモエード族になると、むしろ皮膚から垢を落とさないことを重要と考えていたらしい。垢や脂で寒さを防ぐことができるし、道に迷っても犬が臭いを嗅ぎつけて探し出してもらえるというわけである。サモエード族をはじめシベリア東部から西にかけて居住していた民族はほとんど風呂を知らなかったのではないかという。

 古代ギリシャのヘロドトスは、紀元前5世紀頃の黒海北岸にいた非定住民スキタイ族の風呂のことにふれている。三本の棒を地面に突き刺したテント型の風呂で、赤く焼けた石をテント中央の皿の上に置き、インドアサの種子(大麻)を焼き石の上にふりかけ煙を出させ、特に葬儀の後の身を浄めるための熱気浴として利用していた。

大麻だけでなくある種の木の実や果実など他の麻薬性のものも併用し、酒を飲んだような状況で風呂に入ったようなもので、踊ったり歌ったり気分がハイになる。かつてはシベリアの諸民族はよく似た熱気浴型の風呂を持っていたと想像できるが、後に何らかの理由で消えてしまったらしい。

 シベリ南部の中央アジアでの風呂はどうだろう。モンゴル族が風呂を持っていたという記録はない。後に中国式の浴槽に入るようになるが、それは宮廷文化として入ってきただけである。

 さらにチベット族は風呂に入らない民族として知られている。遊牧民の世界は基本的に草原であり、豊富な燃料がなかったことがひとつの理由だろう。

 フィンランドのフィン族は狩猟採集民であったが、はやくからテント型の風呂を用いていたようである。地に定住し半地下型の家に住むようになると同時に、風呂もテント型から半地下型の家の風呂へと変わっていった。それが今のサウナの起源である。
  
 サウナが文献に現れるのは16世紀以後のことである。サウナの基本構造は丸太でできた家(半地下、地上を問わず)の一角に炉がしつらえられ、その上に石がおかれる。炉で火を焚き石を焼く。部屋には煙突や煙出しの穴はなく、煙は丸太の隙間および入口から出る。普通二段の棚があり、そこに座ったり寝そべったりして汗をかく。

 十分に石が熱せられ 、火が燃え尽きると、その石に水をかけ蒸気を出す。小屋には複数の人が裸で入る。裸はあまり気にされず男女の混浴も普通のことである。汗が出てくると、春の新葉の時期に採集し乾燥させておいたシラカバの枝の束を水につけ、焼き石の上で振り蒸気をたてる。こうすることによってシラカバの枝を温め、かつ柔らかくする。この枝で身体をたたく。身体が熱くなると外に飛び出し、冷風にあたったり雪の中を転げまわったり、川に飛び込んだりする。これを何度か繰り返すのである。サウナも病気の治療に用いられるが、むしろ清潔あるいは楽しみのための機能に重きが置かれてる。

 このサウナはフィンランドが世界に輸出したもののなかで最も有名なものである。サウナが後世まで普及した一因は、薪からガス 、電気へと技術的革新があったからである。
 
 ロシアにもフィンランドのサウナと構造的に同じバニアというものがあったが、東西冷戦によりソ連内情を外に知られたくなかったことや、ガスや電気への転換が遅れたことがあったりして、世界に広まることがなかった。

 スウェーデンはフィンランドと文化的によく似ていてサウナがあったが、サウナ有害説を唱えて自国でやめさせようとしたため普及しなかった。

 フィンランドは逆にサウナの有効性を主張して国をあげてサウナに力を入れたのである。
(http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/rekisinonagare.htm)

2011年10月8日土曜日

風呂の歴史:海外編4

風呂の歴史:海外編4
 乗り掛かった船、しつこく長々とまだまだ続けます。世界一周します。今回はアメリカ大陸編。先住民の風呂です。

4)アメリカ大陸の風呂
 エスキモーのほとんどは風呂を持っていた。それは半地下型の家で、屋根は土で覆われていた。入り口は一つで、その部屋にもぐりこむように、穴道がついている。屋根に小さな穴があけられており、煙り出しになっている。人々はその上のベンチに座ったり、寝たりする「カシム」という家である。カシムは風呂専用というのではなく、既婚未婚の男性用の住居であり、儀礼用の家でもある。風呂として用いるのは、機能の一つに過ぎない。


 しかも風呂は日常的に入るのではなく、何かの儀礼のあるときに集まり、その10日前から女性を遠ざける。風呂を立てる当日、男性は踊りかつ歌う。夕方になると囲炉裏の火も大きくなり、部屋の温度も急上昇し、男たちは汗だくになる。
いわば発汗浴である。十分に汗をかいた後、雪の中を転げまわったり、冷たい水の中に飛び込んだりする。

 同じエスキモーでも、ベーリング海に住むエスキモーは少し違っていて、尿を入れた桶を用意する。風呂は冬の間の7~10日に一度たてられる。火が十分に燃えて灰になり、煙だしから煙が出て行った後、煙穴をふさぎ、息もたえだえになるまで部屋の中にこもる。

 たっぷり汗をかいた後、桶の尿をかけ油を塗りつける。その後は体がよく冷えるまで、雪の中にうづくまったり、冷たい水の中に入ったりする。「汚いなァー」と思うのは、文化の違いであり、シベリアの一部では尿で顔を洗ったり飲んだりする人もいたそうである。

 以上、エスキモーの風呂は、閉め切った部屋の中で火を焚き汗をかく直下型熱気浴である。男だけの儀礼用の風呂であり我慢の風呂であるが、その後の開放感を十二分に楽しんでいる。これこそ風呂の原型なのである。
(日本のサウナ風呂に似ている?とするとサウナ風呂も水風呂も最新の設備でなく、原始的な風呂なのか?)

 この形式の風呂はカリフォルニア州、さらにメキシコ州のプエブロインディアンなど太平洋沿岸部に分布していた。カリフォルニアに住む一族は、風呂は病気の治療にも用いた。汗をいっぱいかいてから、皮膚を鋭い木片などで掻き擦る。そして外に出て川や池に飛び込む。こうすることによってどんな病気も治ると信じられていた。

 直下型の熱気浴は、ニュー・メキシコ州を中心とした高原地帯に住むプエブロ・インディアンでも見られる。風呂に用いられる家をキバという。エスキモーと同様に、この家は風呂専用ではない。本来儀礼用の家で、地上に石を積んで作った穴蔵のようなものである。入口は上部に付いていて、はしごで屋根の上に登り、はしごを伝って中に入る。キバの中には壁の近くに囲炉裏がきられている。ここで火を焚き、エスキモ-と同様に汗をかくことになる。

 オレゴン州とカリフォルニア州との州境あたりに住むモドック族では、半地下型の家に居住しているが、風呂に用いる施設は、数人が座れるだけの小さなドーム状のテントを用いる。木を地面に刺して、ドーム状の骨組みを作りバッファローの皮をかぶせたもので、テントの外で焼いた石を持ち込み、それに水をかけ水蒸気を出させる。葬儀の後の浄めのためだけに用いられた特殊な風呂である。

 東部山岳地帯のアレゲニー山脈あたりのチェロキー族では風呂をたてる家をアシという。半地下型の家でかなり大きい。中央に囲炉裏があり、壁に沿って周りに棚がしつらえてあり、そこに座ったり寝そべったりりする。アシは冬の間の男達の寝所であり儀礼が行われる家でもある。
 囲炉裏に石を入れて焼き、その石を火から取り出し、アメリカボウフウの根をたたきつぶして水に浸したものをふりかける。その根から刺すような香りがたち、一方で水蒸気が舞い上がり汗だくになり、その後川に飛び込むのである。 狩人の訓練中の少年達は、アメリカボウフウの根を用いた風呂には入れず、水蒸気だけの風呂に入っていた。

 また、病気治療のための特別の風呂もあった。例えば腹が膨れあがるような病気の時は必ず石英の石を焼いて特別の薬をまいた。それはアメリカハンノキ、カキの一種、チョウクチェリー、アメリカスズカケノキ、ユリノキ、キモクレンの樹皮を用いた。アシでは儀礼を受けた男達だけが、シャーマンより種々の神話や秘密の知識を聞く家でもある。

 このアシはアメリカ独立後も続いていたが、白人の影響を受けて文化変容を起こし、やがてジャガイモの貯蔵庫になり、ついには消滅してしまった。

 アメリカ合衆国の西南部に住むナバホ族は、風呂をタックアチェという。針葉樹の割板を立てかけるようにして小屋をつくり、土をかぶせて密閉し、土饅頭のような形にする。3~4人がかろうじて入れる狭さである。

 小屋のすぐ近くで石を焼き小屋の中に運んで、入口を毛布などで塞ぐ。セイヨウスギやマツの葉を焼け石の上に置いて水を注いで蒸気を発生させる。タックアチェは神を呼ぶための風呂であり、また蒸気を吸うことによって体を強め、あるいは病気を治療する。さらに狩りに出る前に人の匂いを消すためにも用いられる。 

 今のアイダホ州やワシントン州の保留地あたりに住むネッツ・パース族は、冷水浴、熱湯浴、発汗浴の三つの風呂を持っていた。冷水浴は、晩秋から初春にかけての寒い時期に、しかも毎朝夜明け前に起き出して川で行われる。これは若い男たちが身体を強くするための風呂である。冷水浴は傷ついた靱帯の回復に効くと考えられていたし、冷水に耐えるのが男らしさの証明でもあった。
 
 熱湯浴は、川のかたわらに穴を掘り焼き石を放り込んで熱湯にするという方法がとられた。早朝に入るため朝の2時頃から火が焚かれる。川に入って出来るだけ体を冷やした後に入る。あまり長時間入ることが出来ないほどの熱湯である。 
 発汗浴には、半地下型の家、枝を組み合わせたドーム状の小屋に土をかぶせたもの、皮をかぶせたテント状のものがあり、いずれも焼き石を中に運び熱湯をかけるという発汗装置である。

 興味深いのは、熱湯浴や発汗浴のとき、吐き棒なるものを用いたことである。バイカウツギやコウリヤナギなどのやわらかい枝をゆっくりと口から胃に達するまで入れて、胃の中のものを吐かせまた風呂に入るということをするのである。

 冷水浴が若い男を強くするためのものであるのに対して、浄めの要素が強い。体を浄めることによって、危険な行為に幸運をもたらすと考えられた。例えば、敵の領地を通過するときや、賭け事、馬を盗むこと、狩り、戦い、裁判などで幸運をもたらす。たえず熱湯浴を用いていると、どれほど走っても疲れないし、馬よりも速く走れ、鹿をも追い抜くといわれた。(http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/rekisinonagare.htm)

2011年10月7日金曜日

シンプル・イズ・ザ・ベスト

シンプル・イズ・ザ・ベスト
オバマ「カンのあとはノダか。なぜ日本の首相の名前はシンプルなのが多いのだ。」
補佐官「なにせ、直ぐ代わりますので、外国人向けに覚えやすい名前を選ぶそうです。」

ゴキブリ首相
外国人記者の前で日本の新首相は得意気に言った。
「自分は泥臭いドジョウ(Loach)であります」――と言ったつもりが、LとRの発音が区別できずにゴキブリ(Roach)と言ってしまった。
だから日本ではドジョウ、外国ではゴキブリが通り相場になってしまった。どちらにしても冴えないけれど。 

“真”説
地球は球形である。
だから自分に一番遠いところは自分の背中だ。

2011年10月6日木曜日

風呂の歴史:海外編3

風呂の歴史:海外編3
3)アジアのお風呂

 インドのモヘンジョ・ダロに、グレートバスと呼ばれる紀元前2500年頃の遺跡が見つかっている。縦51m幅30mの大きな建物の中央部に、長さ20m幅10m深さ2.5m程の大きさのバスは、入浴の楽しみのためではなく、宗教的な浄めが行われた場所であったらしい。
 仏教の始まりの頃(紀元前6世紀頃)僧院の規則集の中には、風呂のことを「ジャンターガラ」といい、別の文献では「ガンターガラ」と記している。推測すると、まず風呂のある家と水浴びをする井戸を取り囲む垣根が施されている。風呂のある家は一軒家のようで、ホールとポーチが付属し、すぐ近くに屋根付きの部屋を持つ井戸がある。ポーチからホールに入ると、脱いだ服をかけるための紐や竹が用意されている。浴室はしっくいを塗って気密性高くしてある。壁は細かい木を編んで、屋根もしっくいを塗って熱気や蒸気を逃がさないようにしてある。床には煉瓦、石、木の枝が敷かれ、囲炉裏が置かれ熱気をつくる。浴室に蒸気を送るパイプも引いてあり、熱気浴、蒸気浴を行っていたと思われる。

 風呂に入るときは、香りのついた粘土を顔に塗り、身体にかける水を持って入る。火の近くに椅子を置き座る。十分に汗をかいた後に井戸で水を浴びる。インドの医学書にも熱気浴、蒸気浴と思われる発汗法が書かれている中には、薬物の煎液を釜あるいは槽に入れて入るという薬風呂らしいものもある。インドではこのように様々なタイプの風呂が出現していたようである。

 中国では、古くから水浴がなされていたようだが、浴槽に浸かる風呂もあったらしい。昔の入浴の方法は、薄い布と少し厚手の布の二枚を用意して、薄い布で身体の上部を洗い、厚めの布で下部を洗う。浴槽を出ると菅(すげ)で織ったむしろを踏んで垢を擦る。浴室でその足を洗ってから、蒲(がま)のむしろを踏み、湯上りを着て堂に上がって酒を飲む。浴後のどが渇いて、酒を飲むということから温浴であったと考えられる。

 時代が進み公衆風呂として[浴堂]というのがあった。大きな木製の浴槽があり湯は釜で温められていた。上がり湯もあった。この種の風呂は庶民が入る風呂で、お金のある人は[浴堂]にある[盆湯]と呼ばれる個室で沐浴していた。中国の文献に残る古い入浴風景を描写してあるのを見ると、日本の入浴風景とよく似ている。湯はそれほど熱くなかったようである。

 現在の中国では、[澡堂]あるいは[浴堂]と呼ばれる公衆風呂があり、男性だけが入り女性の風呂はないそうです。一般家庭には風呂があり、洋式が多く日本式の風呂もあるらしい。しかし浴槽のないときは、たらい(木盆)で身体を洗うそうです。

 朝鮮半島での風呂は、現在の韓国に見ら れる公衆風呂は日本から入ったもので、その形式も日本の銭湯に近いものである。日本経由で入った[サウナ・タン(湯)]と呼ばれるサウナも盛んである。薬草の香りがするあたりが韓国風である。

 朝鮮半島の在来の風呂には二種類あったらしい。一つは桶あるいはたらいでの沐浴で、その簡素な形が川での沐浴である。
 今ひとつは[汗蒸(ハンジュウ)]である。15世紀より前から用いられていたようである。[汗蒸]とは、石を積み、泥土で塗り固めた窯状の風呂で上部あるいは四方の側方に煙だしがつき、入口の部分が少し張り出している。この窯状の上を直接わらで葺いたものもあれば、家を建てて窯を覆う場合もある。窯の高さ約3m直径約4m、入口の高さ1,5m幅1,7m程の大きさで、普通は5人~10人くらいが一度に入る。
 この窯の中で枯れ松を燃やし、燃え尽きたところで戸を閉じ、15分程して灰をかき出し、濡れたむしろを敷いてから中に入り発汗する。入るとき湿した布で顔を覆ったり、頭にかぶったりする。裸で入るときもあれば腰に布を巻いたりもする。女性は下着を着けたまま入る。たっぷり汗をかいた後外に出て、湯または水で汗を流し休息をとる。これを何度か繰り返す。もともとは病気治療のためであったらしい。

 東南アジアでは発汗浴はなかった。この地域は熱帯であり自然の状態でも汗をかく。しかも周りには豊富な水があるから水浴が一般的である。
インドネシアでは水浴のことを[マンディ]といい、実に頻繁にマンディをする。身を清潔にするためである。たっぷりと水がたまった水槽から手桶でざあっとかぶるのがいいらしい。
 バリには立派な公衆の水浴場がある。温泉もないわけではないが、暑いところでは熱い湯に入ってマンディをするなど思いもよらないから、自然に湧き出した温泉はほとんど使われていない。インドネシアでも高地になるとかなり寒い。
 ジャワやスマトラの山地では暖かい昼の間にマンディをするか、あるいは湯を沸かしてその湯で身体を拭く。スマトラ北部のタパヌリ高原では温泉を利用するところもあ る。ぬるめの湯だがその地の人には十分に熱い湯なのであろう。

オセアニアでは海または川での水浴が一般的である。しかし生活の近代化とともにシャワーが普及するにつれ湯の利用もあたりまえになるのであろうか。(http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/rekisinonagare.htm)

2011年10月4日火曜日

風呂の歴史:海外編2

風呂の歴史:海外編2
 
2)古代ローマ帝国の影響
 北西ヨーロッパでは、軍の行くところ、どこでも古代ローマ型の風呂が作られた。戦士には風呂が必要というのが基本的な考え方であった。城の中に作られる風呂は一般に小さく500~1000人ほどの人が入るものだが、軍団の風呂は5000人~6000人の戦士が入るかなり大きな規模のものであった。

 地中海東部のシリアでは、スポーツという概念がなかったので、古代ローマ式の風呂がもたらされても競技場は受け入れられなかった。また場所柄、熱い空間よりも冷たい空間がより重要視された。暑いこの地方にとっては、冷たい空間の方が快適であろうし、現実の問題として燃料入手の困難さもあった。

 砂漠では十分量の燃料を得られないから、高い温度の浴室は小さくなる。水の供給も難しいため、水を多く使わない個人用に小さく区切られた浴槽に変わる。結果として競技場が失われ、高温室は小さくなる一方で、着替えのある部屋や冷気室が大きく立派になった風呂ができあがる。ここが社交の場となっていく。これこそが後のトルコ風呂、より正確にはイスラームの風呂となる。
 
 イスラームの世界では、風呂はもはや記念碑的な壮大な建物ではなくなる。アラブ人は、古代ローマ式の風呂に出会うまでは水浴などほとんどしたことのなかった人々である。
 イスラームの風呂では、まず着替えたり休息したりするための部屋がある。すぐに高温室に入り、マッサージ、散髪、体毛を剃ること、放血、足のたこを削り落とすこと、垢を擦り落とすことなどが行われる。ここでは湯をかけたりして、かなり蒸気も多かった。次に熱気浴室に入った後、先の着替えの部屋にもどり、そこで冷たい飲み物を飲みながら休息を取る。
 イスラームの風呂では、一般に流れのない水には入らない。よどんだ水は清浄ではないというわけである。こうして風呂から浴槽がなくなる。

 イランでは事情が少し異なっていた。公衆浴場をギャルマーベ(湯という意味)という。着替えと休息の部屋と浴室からなり、それぞれトイレと脱毛の部屋が付属している。浴室には大きな温水の浴槽があった。しかしこの浴槽の水は、年に3~4回しかとりかえなかったという。おそらくイランではイスラームの風呂を受け入れる前から、温水の沐浴が普及していたのであろう。

 ローマ帝国の崩壊後ヨーロッパ世界から風呂が消えていった。消えていくことにキリスト教が深く関わっていた。性に対してきわめて禁欲的なキリスト教にとっては裸を見たり見せたりという入浴行為は許し難いものであり、時には男女混浴などもってのほかである。
 確かにキリスト教の教会や修道院も風呂は持っていたが、それはひとつには洗礼の儀式のためであり、また清潔を保つため、また風呂に付属した広間は集会のためのものであった。決して楽しむような風呂ではなかった。

 北欧や東欧においてもキリスト教の普及につれて、風呂を心地よい快楽の方向へとは向かわせなかった。
しかしキリスト教の影響を受けながらもサウナなどの風呂がとぎれることなく続いていた。
西欧でもまったく風呂がなくなったわけではなく、大きな桶を用いての入浴ならあったし、その種の温水の公衆浴場もあった。
 ところが風呂はしばしば売春などの放蕩と結びつき、また姦通などのスキャンダルの温床となったりして、キリスト教の非難の的となった。さらには燃料不足や伝染病の蔓延ともあいまって、風呂のイメージは悪くなるばかりであった。

 各地で公衆浴場の閉鎖令が出されるようになり、ついには中世末にはヨーロッパから風呂が消える。後は桶で顔や手を洗うという程度になってしまう。特に食事のさいに手を洗うことが重要視されたのは、風呂に入らなかったことがひとつの理由であった。
 こうした庶民とは別に王族達は豪華な風呂を持っていた。例えば、ナポレオンが使ったというエリゼ宮殿の風呂はシャンデリアまでついている。

 18世紀以後になって、ヨーロッパに風呂が再登場する。産業革命によって都市化が進むと同時に、都市は不潔の象徴となり病気にかかる人が多くなった。そんな中で衛生という概念が生まれ、下水道整備などの具体的な形を取り始めた。

 そんな流れの中から清潔にするための風呂が見直されたのである。復活してきた風呂の一つは、ロシアの「白いバニア」である。特に1815年ナポレオンがワーテルローの戦いに敗れ、ロシアがドイツに侵出したとき、ロシア式の風呂が作られまたたく間に広がった。これはドイツ各地からウイーンやパリにも広がっていく。

 いまひとつの風呂はトルコ風呂である。特にイギリスで普及した。やはり工場の排ガスで汚れた都市の労働者のための風呂である。しかし、この二つの風呂は長く続かず、技術革新のもとにこの後いろんな形の風呂が考案された。
時代の要請は、経費も時間もかからない、簡便でそれでいて清潔さを保つ風呂ということで、ヨーロッパだけでなくアメリカでもシャワー入浴法が発展していくことになる。

 コンパクトな浴室というものが定型として確立するのは1920年代に入ってからである。ホーローびき鋳鉄製のバスタブが機械生産されるようになり、バスタブの大きさが浴室の大きさを決めるという方向に発展していく。現在では、湯の出るシャワーと、湯で身体を洗う浅いバスタブ、湯の出る洗面所、そして水洗トイレが組み合わされた個室型の浴室が、世界を制覇している。(http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/rekisinonagare.htm)