2018年12月22日土曜日

宇宙の95%は負の質量をもつ「暗黒流体」だった?


宇宙の95%は負の質量をもつ「暗黒流体」だった?
Bizarre ‘Dark Fluid’ with Negative Mass Could Dominate the Universe
6500万光年の彼方に浮かぶ銀河を取り巻く無限の闇 NASA/REUTERS
<これまで別々のものと考えられてきた暗黒物質と暗黒エネルギーは暗黒流体だと考えると、宇宙論の多くの謎が解ける>
不名誉なことながら、天体物理学者が真っ先に認める事実がある。当代最高の理論モデルをもってしても、宇宙に存在する物質の5%しか説明できないことだ。よく知られているように、あとの95%はほぼすべて、暗黒物資と暗黒エネルギーと呼ばれる観測不可能な謎の物質が占めるとされている。観測可能な宇宙には夥しい数の星が輝いているが、宇宙全体で見れば、その輝きは遠く離れて極めて稀で、宇宙の大半は正体不明の暗闇が支配しているのだ。

暗黒物質と暗黒エネルギーの存在は、重力の効果から推測されている。暗黒物質は、姿は見えなくても、周囲の物質に重力を及ぼしている。一方、暗黒エネルギーは斥力(せきりょく、互いに離れ合う力)を及ぼし、それによって宇宙は加速的に膨張している。この2つはこれまで別々の現象として扱われてきたが、学術誌アストロノミー・アンド・アストロフィジックスに掲載された論文で私が述べているように、実はその正体は同じで、負の質量をもつ奇妙な物質「暗黒流体」であると考えられる。
負の質量は仮説的な概念だが、負の質量をもつ物質は負の重力をもつと考えられる。私たちにおなじみの正の質量をもつ物質と違って、負の質量をもつ物質はなんとも奇妙な性質をもつ。その物質を向こうに押しやれば、こちらのほうに加速度的に迫ってくるのだ。

相対性理論を修正
宇宙論では、負の質量は目新しい概念ではない。ただ、負の質量をもつ物質があるとするなら、通常の物質と同様、それらの物質も宇宙が膨張するにつれて疎らに広がり、その斥力はしだいに弱まると考えられる。ところが、これまでの研究で、宇宙の加速膨張を促す力は常に一定であることが分かっている。そのため、これまで宇宙論の研究者たちは、負の質量という概念を採用しなかった。つまり、負の質量をもつ暗黒流体が実在するなら、それは宇宙の膨張につれて、薄く引き延ばされるようなものではない、ということだ。

新論文で私は、アインシュタインの一般相対性理論に修正を加え、負の質量をもつ物質はただ存在するだけでなく、絶えず新しく生み出されるというアイデアを提唱した。「物質の創造」という概念は、ビッグバンの初期の代替理論である定常宇宙論にも採用されている。定常宇宙論では、正の質量をもつ物質が絶えず新しく生み出され、膨張する宇宙を満たしていくと考えられたのだ。観測により、今ではこの説は否定されている。しかし負の質量をもつ暗黒流体が絶えず生み出されていると仮定することは可能だ。暗黒流体は宇宙が膨張しても薄く引き延ばされることはなく、まさしく暗黒エネルギーのような振る舞いを見せることを、私の研究は示唆している。

銀河の高速回転の謎を解く
さらに私は、3Dのコンピューターモデルでシミュレーションを行い、この仮説で暗黒物質の物理的な性質を説明できるか確かめた。暗黒物質は、現在のモデルで予測されるよりもはるかに速く、銀河が回転していることを説明するために導入された概念だ。高速で回転している銀河内の物質がばらばらに飛び散らないためには、観測不可能な謎の物質の存在を仮定しなければならない。

私のモデルは、暗黒流体が周囲に及ぼす斥力により、銀河の分散が回避されることを示している。銀河内の正の質量をもつ物質の重力は、あらゆる方向から負の質量をもつ暗黒流体を引き寄せる。暗黒流体が銀河に引き寄せられれば、その強大な斥力により、銀河内の星々は飛び散ることなく高速で回転するようになる。マイナスの符号を挿入するだけで、まるでマジックのように物理学者を長年悩ませてきた謎が解ける、というわけだ。
負の質量なんてあり得ない、と主張する人もいるだろう。確かに奇妙なアイデアだが、実はそれほど突飛な概念ではない。私たちは正の質量をもつ物質の世界にいるから、イメージしにくいだけだ。

弦理論を裏付ける
物理的に存在するか否かはともかく、実に多くの領域で、負の質量は理論的に欠かせぬ概念となっている。水中の気泡の振る舞いは、負の質量を想定することでモデル化できる。負の質量をもつような振る舞いをする粒子の生成に成功したという実験も報告されている。
物理学では既に負のエネルギー密度という概念は受け入れられている。量子力学によれば、真空には絶えず揺らぐ場のエネルギーがあり(それは時には負のエネルギーともなり)、そこでは波が生まれ、仮想粒子が生まれたり消えたりしている。その際に生じる小さな力は実験で検出可能だ。

暗黒流体を想定することで、現代物理学の多くの難問を解決できそうだ。例えば量子論とアインシュタインの宇宙論を統合する理論として最も有望な弦理論は、今のところ観測された事実と合致しないとみなされている。しかし弦理論は、何もない空間に負のエネルギーがあることを示唆しており、それが負の質量をもつ暗黒流体だと仮定すれば、理論と観測データの矛盾は解消する。
また宇宙の加速膨張という画期的な発見をしたチームも、負の質量を示唆する驚くべき観測データを得ている。しかし彼らは「物理学に反する」と考えて、このデータの解釈には慎重な姿勢をとった。

電波望遠鏡SKAで実証へ
暗黒流体の理論は、宇宙の膨張率の測定に関わる問題も解決する可能性がある。ハッブル=ルメートルの法則によれば、より遠方にある銀河は、より速く私たちから遠ざかっている。銀河が遠ざかる速度と地球から銀河までの距離の比例定数は「ハッブル定数」と呼ばれるが、観測で導き出されるこの定数は一定ではなく、これが「宇宙論の危機」を招いてきた。しかし暗黒流体を想定すれば、ハッブル定数が時間と共に変化することを説明できる。言い換えれば、奇妙で型破りな暗黒流体の概念は、科学的に十分検討に値するということだ。
宇宙論の生みの親アルバート・アインシュタインも、スティーブン・ホーキングら他の研究者も、負の質量について考察した。実際、アインシュタインは1918年に一般相対性理論を修正して負の質量を導入すべきかもしれないと書いているほどだ。

とはいえ、負の質量を想定した宇宙論が正しいとは限らない。現在謎とされている多くの問題を一気に解決する理論だけに、研究者たちはなおさらこの理論に懐疑的だし、その姿勢は間違っていない。一方で、常識外れの発想がしばしば長年の問題を解決するのもまた事実だ。これまでに積み重ねられてきた理論とデータから、負の質量の導入を本格的に検討すべき時期に来ているとみていい。
南アフリカとオーストラリアでは今、集光面積1平方キロを越える史上最大の電波望遠鏡SKA(スクエア・キロメートル・アレイ)のアンテナ群が次々と設置されている。完成すれば、宇宙の誕生から現在までの銀河の分布を測定できる。私は負の質量を想定した宇宙論の予測と標準的な宇宙論の予測を、SKAの観測データと突き合わせて、どちらが正しいか検証するつもりだ。それにより、負の質量をもつ物質が実在するかどうかが決定的に明らかになるだろう。

いま分かっているのは、この新しい理論が新しい問いの宝庫であること。科学上のあらゆる発見の例に漏れず、この理論もまた冒険の始まりにすぎない。美しく統合された、いや、ひょっとすると奇妙な偏りをもつ宇宙の謎を解く旅はまだ始まったばかりだ。 
Jamie Farnes, Research Associate & Astrophysicist based at Oxford's e-Research Centre, University of Oxford  20181220日(木)Newsweek