赤ちゃんの脳 発達にはスピーカー音より語りかけ
赤ちゃんの脳は驚異的な学習能力をもち、生後1年間で劇的な成長を遂げることがわかっている。その発達に必要なのは何か、最新研究からその答えを探る。
「言語の習得は一定の順序に従って進むと、長年考えられてきました。まず音を聞きとれるようになり、次に単語の意味を理解し、さらに複数の単語の連なりがわかるといったように」と語るのは、フランス・パリ第5大学の認知神経科学者ジュディット・ゲルバイン。「しかし最近の実験で、最初からほぼすべての機能が同時進行で発達することがわかってきました。赤ちゃんは生まれた直後から文法の規則を習得し始めるのです」
これを裏づける結果が、ドイツのマックス・プランク認知脳科学研究所でも得られている。同研究所の神経心理学者アンゲラ・フリーデリチらは、生後4カ月のドイツ人の赤ちゃんに、「兄は歌えます」と「姉は歌っています」を意味するイタリア語の文を、文法的に間違った文を織り交ぜながら聞かせる実験を行った。
3人の子育てに奮闘中のシングルファーザー。地元の大学が実施する研修に参加し、子育てのコツと子どもの脳の発達を促す方法を学んでいる(Lynn Johnson/National Geographic)
赤ちゃんの頭に小さな電極をつけてイタリア語の文を聞かせたときの脳の活動を調べたところ、何回か繰り返すうちに、文法的に間違った文には明らかに違った反応を示すようになった。「文の意味はわからなくても、文法的に正しいかどうかは判別できるようでした。この段階では、構文規則ではなく、音の並びの規則性で判断するのでしょう」とフリーデリチは語る。
これまでの研究で、2歳半ぐらいの子どもは人形劇の人形が文法的に間違ったせりふを言うと誤りを訂正できることがわかっている。3歳までには、大半の子どもがかなりの数の文法の規則を習得しているようだ。この頃を境に語彙が急速に増え始める。
子どもが言語を習得するまでの脳の発達過程はまだ完全には解明されていないが、確実に言えることがあると、フリーデリチは語る。「脳という『器』だけでは不十分で、情報のインプットが必要だということです」。
■所得と「語りかけ」とIQの関係
20年ほど前、米国カンザス大学の児童心理学者たちがある研究を行った。低所得層から高所得層までを含む42の家庭を対象に、親子の会話のやりとりを録音し、子どもが生後9カ月から3歳に成長するまで追跡調査したのだ。
その結果、驚くべきことがわかった。両親が大学教育を受け専門職に就いているような裕福な家庭では、子どもは1時間当たり平均2153語の語りかけを耳にしていたのに対し、生活保護を受けている家庭では平均616語と大差があった。低所得家庭の親は、子どもにかける言葉も「だめ」「下りなさい」など短い命令調のものが多く、生活に余裕のある家庭では、ある程度長い会話が交わされることが多かった。低所得家庭の子どもは、いわば言語発達のための「栄養」が不十分だということだ。
さらに、親の語りかけの量が大きな違いを生むこともわかった。親との対話が多かった子どもは、3歳の時点でIQがより高く、9歳と10歳のときにも学校の成績が比較的良かった。
■テレビやスピーカーの「語りかけ」では効果なし
子どもに多くの言葉を聞かせるだけで済むなら、話は簡単だと思うかもしれない。だがテレビやCD、インターネットやスマートフォンでいくら言葉を聞かせても、あまり効果は期待できないようだ。ワシントン大学の神経科学者パトリシア・クールらは、生後9カ月の赤ちゃんを対象とした調査で、このことを実証した。
赤ちゃんは1歳までに母語の音声を聞き分けられるようになるが、これはなぜなのか。
実は、赤ちゃんは生後数カ月まではどんな言語の音声も聞き分けられる。だが生後6~12カ月の間に母語を聞き分ける能力が発達する一方で、外国語の音声を聞き分ける能力が失われていく。たとえば、日本人の子どもなら、この時期に英語のLとRを区別できなくなる。
クールたちは、英語を話す家庭の生後9カ月の赤ちゃんに中国語を聞かせる実験を行った。第一のグループでは中国語を母語とする保育士たちが遊び相手をし、本を読み聞かせた。二つめのグループには、同じ保育士たちが中国語を話す映像をビデオで見せた。三つめのグループには映像は見せず、録音した音声だけを聞かせた。
すべてのグループに12回のセッションを受けさせた後、中国語の音声を聞き分けられるか、脳磁計を使ってテストしたところ、成績に大きな差がみられた。
生身の触れ合いがあったグループは、中国語を母語とする人たちと同様に音声を聞き分けられた。ところが映像や音声だけで見聞きし、実際の触れ合いがなかった二つのグループは、中国語の音声をまったく判別できなかったのだ。
「この発見で脳についての基本的な考え方が変わりました」とクールは語る。彼女はこの研究結果などを基に、ある仮説を提唱した。他者との関わりが、言語、認知、感情の発達の入り口となるという説だ。クールはこの考えを「人間関係の入り口(ソーシャルゲーティング)仮説」と名づけた。(文=ユディジット・バタチャルジー/写真=リン・ジョンソン)2014/12/28 6:30日経
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