2015年1月22日木曜日

情報生む照明光

情報生む照明光、規制なし どこでも通信可能に
 身の回りの光があらゆる情報発信の源になる――。照明の光を使ってデータなどの情報をやりとりする新技術の開発が始まっている。水の中や病院などこれまで無線通信が使えなかった場所にとどまらず、大規模な通信設備がなくても情報の伝達が可能になる。日本のメーカーが世界に先駆けて研究を進めており、通信手段の新たな扉を開こうとしている。

 「お薬をお持ちしました」。総合病院の一室で自立走行するロボットが患者のもとを訪れた。医療機器で囲まれる病院内は電子機器類の使用が禁じられている。電波で制御するロボットはなぜ動くのか。廊下や病室を照らす照明の光を利用してロボットを動かしているからだ。

■毎秒1億回点滅してデータ届ける
 近い将来、日本の病院でこうした光景は当たり前になるかもしれない。このほか、地方の店先の看板にスマートフォン(スマホ)をかざしてクーポン情報を得たり、山頂で天候を確認したりできるサービスも登場。通信が名実ともに至る所に広がる社会が近づく。

 その仕掛けは可視光通信と呼ばれる技術にある。わかりやすくいえば、看板が発した光や展示物にあたっている照明の光をスマホなどで受けることで動画や音楽など様々な情報を得ることができるようになるのだ。 可視光通信はその名の通り、人間が認識できる光を使った通信技術。照明や車のライト、誘導灯など、ありとあらゆる光で情報を送信する。
 仕組みはこうだ。発光ダイオード(LED)などの照明に取り付けた通信モジュールが照明の光のオンとオフを制御する機能を持つ。これが光を点滅させて「0」「1」のデジタル情報で表現する。スマホやパソコン、テレビなどが光を受けることでデータを受信し、情報を閲覧できる。蛍光灯や白熱電球に比べ、高速で点滅が可能なLED照明の普及により実用化の動きが一気に進んできた。
 光は1秒間に1億回程度点滅するという。人間が気づかない速さのため、見た目は通常の照明と何ら変わらない。富士通やカシオ計算機、パナソニックなどは企業向けの広告や販売促進のツールなどとして可視光通信を活用しようと研究開発を進める。
 用途はそれだけではない。特に通常の無線LAN(構内情報通信網)など無線通信ができない場所での利用が見込めるのが特徴だ。電子部品メーカーの太陽誘電は電波が届かない水中で、データ通信速度が毎秒50メガ(メガは100万)ビット程度と、携帯電話会社が提供する高速データ通信「LTE」の半分程度の水準にこぎつけた。

 太陽誘電は電子機器製造の東洋電機と協力し、水中で使える無線伝送装置を開発した。昨年5月にはNHKと協力して、水深数メートルあるプールの水中での実験に成功。水中での映像撮影や養殖漁業、海洋土木など様々な場面での使い方を練る。これにより、水中でのデータやりとりに必要な長いケーブルなどは不要になる。これまで水中ケーブルを使う場合は水の抵抗を受けたり、ケーブルが損傷したりする恐れがあった。

 太陽誘電は国内で数少ないCD-Rなど記録メディアのメーカーでもある。記録メディアは光によって情報を書き込んだり、読み出したりする技術を使う。砂川次長は「我々が長年培ってきた光を制御する技術を水平展開できる」として、可視光通信を事業の新たな柱にしようと意気込む。エレベーターやトンネルなど電波が届かない場所は数多い。砂川さんは「実は技術は確立していて、あとは用途開発だけだ」と打ち明ける。

■研究・開発は日本が主導
 信州大学は昨年、地上から約400キロメートル離れた上空を飛行する超小型人工衛星が発するLEDの光を地上でキャッチし、データを受信する実験をした。スマホなどの普及で電波は混雑するばかり。電波規制の対象外である可視光通信が宇宙でも使えれば、通信の利便性は飛躍的に高まる。
砂川次長は、CD-Rなど記録メディアの研究開発に30年近く携わってきた「光のスペシャリスト」だ。 「電波法の規制がないので自由に使える」。可視光通信の研究を進める慶応大学春山教授はメリットをこう説明する。通常の電波は使用する際に総務省の免許が必要だ。しかも許可される帯域に制限がある。光が届く範囲にだけデータが送られるため、傍受される心配が少なく、セキュリティー面でも優れているとされる。

 可視光通信は慶大の中川正雄名誉教授が90年代に世界に先駆けて提唱した技術。これまで慶大が中心となって、様々な企業と研究開発を進めてきた。昨年5月には日本の産学が中心になって可視光通信の標準化を進めようと可視光通信協会を設立。カシオ計算機やパナソニックなどが参加しており、実用化に向けた動きが活発になっている。特に日本企業は光を受信するデバイスにイメージセンサーを用いており「精度が高い通信ができることが強み」(春山教授)という。

■海外が追い上げ

想定される可視光通信のサービス(用途 内容・特徴)
店舗、看板:デジタルサイネージ(電子看板)や店先の看板にスマホをかざすとクーポンやセール情報が見られる
美術館、博物館:展示物にスマホをかざすと詳細情報が見られる。展示物を照らす照明がデータを送信
駅、公共施設、大型商業施設:視覚障害者の誘導。天井の照明がスマホにデータを送信
病院:ほかの電子機器に影響を及ぼさない。人体にも安全
水中、トンネル、下水道管:通常の電波は通りにくい水中で高速データ通信
海上:灯台が発する光を航行中の船舶が受信し位置を正確に把握

 海外勢も攻勢を強めている。中国は昨年8月に可視光通信の業界団体を設立。スマホで知られるZTE)やファーウェイなどの通信機器メーカーなども参加し、国を挙げての研究開発に本腰を入れ始めた。狙いはこれまでのインターネットの無線通信の置き換えとみられる。
 すでに論文の上では毎秒数ギガ(ギガは10億)ビットの通信が可能だとしており、日本を技術面で追い上げる。春山教授は「中国では街灯にLED照明を採用する動きが活発になっているが、これを使ってインターネットなどの無線通信サービスを提供するかもしれない」とみる。

 日本でも可視光通信を利用したブロードバンドサービスの開発に取り組んでいる企業がある。通信ベンチャーのランプサーブは昨年、横浜市内で実証実験を実施。屋外の建物の外壁に光源を設置して提供したところ、最大で毎秒200メガビットのデータ通信速度が得られたという。同社はIT先進国の北欧エストニアと東欧アゼルバイジャンの両政府との間で覚書を交わし、15度中にも通信技術を売り込む考えだ。

 可視光通信は大雨や台風、降雪にも強く、東日本大震災のような災害時に通信を維持するための補完機能としても期待されている。可視光通信を用いた高速データ通信の研究が日本でも進む可能性がある。

 「技術で勝っても市場で負ける」。これまで日本は技術面で世界をリードしても、標準化や規格化といった作業で欧米などに遅れることが多かった。今度こそは「ガラパゴス」になってはならない。(電子整理部 鈴木洋介) 2015/1/22 7:00 日経

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