2015年1月22日木曜日

「真空チューブリニア」

東京-大阪「10分」 「マッハ2・5」戦闘機並み「真空チューブリニア」開発に取り組む「中国」「米国」の“本気”
中国・西南交通大学の●(=登におおざと)自剛博士の研究チームが試作した「真空チューブリニアモーターカー」の実験プラットフォーム(動画投稿サイト「ユーチューブ」より)

 戦闘機並みの時速3000キロ(マッハ約2.5)で疾走する「真空チューブ式」のスーパーリニアモーターカーの開発に、中国が真剣に取り組んでいるのをご存じだろうか。同様の開発計画は、高級電気自動車(EV)の米テスラ・モーターズを創業し、米スペースXを設立して民間宇宙船「ドラゴン」の打ち上げに成功した大富豪のイーロン・マスク氏も提唱しており、「SFの世界で描かれる絵空事」と一笑に付すことはできない。一足飛びに未来を先取りする中国や米国の構想が実現すれば、「夢の超特急」として期待を集める時速500キロ超のリニア中央新幹線は時代遅れの産物になりかねず、日本の企業や技術者、起業家たちの奮起が促されそうだ。

東京-大阪間ならわずか10分
 中国の四川省にある西南交通大学は昨年、小規模ながらも世界初という試作機の実験プラットホームを設置し、真空チューブリニアという「夢の乗り物」を形にしてみせた。あくまで理論上の最高スピードとされるものの、時速3000キロでの移動を東海道新幹線に当てはめると東京-新大阪間(約515キロ)を約10分で結んでしまうという信じ難いシステムだ。
 理論的には、外気から遮断して真空状態にしたチューブの内部では摩擦力や空気抵抗がゼロとなり、わずかなエネルギーで列車などの物体が高速で移動できるようになる。宇宙空間に放り出された乗組員が、速度を緩めず漆黒の闇を漂流する姿が印象的な米映画「ゼロ・グラビティ」を思い浮かべれば分かりやすい。

 西南交通大の実験プラットホームはドーナツ状に造られ、中国共産党系のメディア「人民網日本語版」によれば円軌道の半径は6メートルと規模は遊園地の遊具のように小さい。さらにチューブ内の気圧は外気の10分の1に設定され、試作機の最高時速は50キロにとどまっているという。中国科学院の研究者は「レールや車体の材料には厳しい要求が突きつけられ、真空チューブの建設費と維持費は莫大(ばくだい)な規模になる」と課題を挙げながらも、「超高速リニアモーターカーは未来の交通輸送の重要な方向」と強調する。

中国は小規模ながら実験設備設置
 また、中国・上海で発行されている「新聞晨報」によると、真空チューブの概念を中国に最初にもたらしたのは、西南交通大を卒業した張耀平氏。張氏は「中国の研究スピードは各国の中で最も早い。必要とする技術は既に熟しており、国家的重要度が高まって資金・技術が集まるなら、21世紀の運輸革命の先陣を切ることができる」と意欲満々のコメントを寄せている。
 真空チューブの発想そのものは目新しくない。英国で1800年代半ばに実験に取り組んだものの成功せず、米国でも1900年代初めに構想が提唱されたといい、決して中国が先駆的なわけではない。

 日本でも、旧陸軍の爆撃機を設計した小澤久之丞氏が名城大学(名古屋市)の理工学部教授に就いた1949年に「音速滑走体」の構想を発表し、研究が進められたことがある。2012年6月に発行された名城大後援会の会報誌によると、全長1メートル、直径8センチ、重さ6.7キロの滑走体を真空状態のチューブ内を走らせる最初の実験が1959年に行われたという。
 70年に行われた5回目の実験では、先端部分の内部にカメとカエルを乗せた滑走体が約1.6キロの距離を3秒で駆け抜けた。あまりの猛スピードのため安全に停止できず、ストッパーに激突。カメとカエルはあえなく死んでしまった。

 改良を重ね、マッハ2に相当する時速2500キロを達成するとともに、72年の実験ではカメとカエルを無事生還させることにも成功した。ただ、人間だと内臓破裂の恐れもある30Gという想像を絶する重力が加速時と減速時にかかる。安全対策が大きな壁となり、小澤氏の死去とともに研究は途絶えてしまったという。

米国ではすご腕起業家が構想発表
 ここに来て、真空チューブが再び脚光を浴びるようになったのは、中国の動きだけではない。すご腕起業家のマスク氏が2013年8月に「ハイパーループ」と名付けた真空チューブ方式の新交通システム構想を発表したことで「夢が現実になるのでは」という期待が、いや応なしに高まったからだ。
 マスク氏の構想によると、チューブ内は建造費や維持費がかかりすぎる真空とはせず、標準気圧(約10万パスカル)の1000分の1程度に当たる100パスカル程度に設定。それでも空気抵抗を大幅に低減できるため、マッハ1に当たる時速1220キロの速度で列車を運行させ、サンフランシスコ-ロサンゼルス間(約600キロ)を35分で結ぶとしている。加速時などにかかる重力は最大で0.5Gにとどまるという。

 建設費は75億ドル(約8800億円)を見積もる。1車両当たりの想定乗車人数は28人ほどと少ないものの、東京-大阪間で総額9兆円余りとされるリニア中央新幹線の建設費と比べれば、10分の1以下で済む計算だ。
 マスク氏が打ち出した構想の実現に向け、一般から資金を募ってベンチャー企業のハイパーループ・トランスポーテーション・テクノロジーが立ち上げられたほか、コロラド州にあるET3という企業も真空チューブ輸送技術の実用化に以前から取り組んでいる。米国では、真空チューブリニアを実現可能な技術と判断し、事業化を目指す動きが活発になっているのだ。

 もっとも、現状の構想ではチューブの中を走る「ポッド」の内部空間は狭く、車両内では自由な移動が難しい。トイレに立つのを我慢しなければならないなど、一般人が利用する交通手段とするには克服すべき課題は少なくない。もちろん、大前提となるシステムの安全性が確認されたわけでもなく、真空チューブの夢が現実になるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

実現までにはまだ時間
 とはいえ、かつてSFの世界にとどまっていた出来事がいま、科学技術の急速な進歩で次々と現実化している。手が届かないと思われるような夢をたぐり寄せるため、起業家たちが自由に挑戦できるような環境を少しでも早く日本に醸成しないと、アメリカンドリームの米国のみならず、国家ぐるみのプロジェクトを得意とする中国の背中を追うことになりかねない。かつては真空チューブで世界の先端を走った小澤氏の努力を無駄にし続ければ、実験の犠牲となったカメやカエルも浮かばれないだろう。2015.1.22 06:00 産経ニュース

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