健康な人の「スーパーふん便」移植 難病に光明
潰瘍性大腸炎など腸の難病の患者に、健康な人のふん便を移植する「ふん便微生物移植」の臨床研究が国内で拡大している。患者の腸内細菌叢(そう)を健全な状態に変えることで症状を改善することが期待されている。慶応義塾大学や千葉大学、順天堂大学などで臨床研究が始まった。
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ヒトの大腸には数百種類、約100兆個の腸内細菌がすみついており、有用な物質を作り出したり、免疫機構に関わったりしている。ストレスや食生活の乱れ、抗生物質の多用などで腸内細菌のバランスが崩れると、腸の病気やアレルギー疾患、肥満、精神疾患につながることが分かってきた。
そこで健康な人の腸内細菌を含むふん便を、患者の腸に入れることで、腸内細菌叢のバランスを回復させようというのが、ふん便微生物移植の狙いだ。
ふん便移植が注目を集めたきっかけは、オランダのグループが2013年に発表した研究成果。院内感染による下痢として知られる「クロストリジウム・ディフィシル感染症」の再発患者の約9割が、1回のふん便移植で治癒したと報告した。
日本では慶大病院が最初にふん便移植の臨床研究を始めた。対象は再発性クロストリジウム・ディフィシル感染症(10人)、潰瘍性大腸炎(10人)、過敏性腸症候群(15人)、腸管型ベーチェット病(10人)の計45人。
14年3月に潰瘍性大腸炎の男性に実施して以来、これまでに計画の半分以上を終えた。1例ごとに安全性を検証するとともに、治療効果と腸内細菌の変化も調べる。
ふん便移植は、健康な人の便を生理食塩水に混ぜて液状にし、フィルターでろ過したものを注射器に入れ、内視鏡を使って患者の大腸に注入する。ふん便を提供するドナーは2親等以内の家族。移植回数は1回で、100~200グラムのふん便を使う。
千葉大医学部付属病院では今年3月と6月に1人ずつ、潰瘍性大腸炎の患者にふん便移植を実施した。同病院の場合は対象を潰瘍性大腸炎に限定し、合計10人への移植を計画している。
臨床研究を担当する中川倫夫助教(消化器内科)は、3月に移植した患者の経過について「正式な評価はこれからだが、それまで治療に使っていた免疫調節薬の使用を減らせるようになった」という。
ふん便移植は海外では、腸の病気に限らず、腸内細菌との関連があるとみられる肥満や動脈硬化、神経疾患などの患者向けに広く行われている。慶大の金井隆典教授(消化器内科)は「肥満に関連した症状が改善するといった結果が報告されている」と話す。
米ボストンではマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者が、ふん便バンクの「オープン・バイオーム」を開設。ドナーから有償で提供を受けたふん便をいつでも移植に使える体制を整えている。また、理想的な腸内細菌を持つ「スーパードナー」を見つけて、ふん便移植に役立てるための研究も注目されているという。
金井教授は国内でのふん便移植について「日本は欧米を追う立場にあるが、日本人の腸内細菌の状態は欧米とは違うため、治療効果にも違いが出ることも予想される。安全性の確認を最優先にして着実に進めたい」と語る。(編集委員 吉川和輝)[日経産業新聞2015年7月3日付]
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