2010年9月22日水曜日

少年倶楽部の笑話

少年倶楽部の笑話
 最近面白い本を見つけた(「少年倶楽部」の笑い話 杉山亮 講談社)。大正3年(1914)から昭和37年(1962)まで出版されていたという子ども雑誌「少年倶楽部」だ。そのなかの投稿欄にある「笑話」というコーナーである。
 素朴で懐かしく、のどかな笑いを、現代表記に変えて、何回かに分けて、ほんの一部ですが紹介したいと思います。

昭和初期(昭和4年~9年)
お魚とおんなし
 お客様「坊ちゃんのお目目はどうしていつもパッチリ生き生きとしているんでしょうね」
 坊や「小母さん、生まれてまだ新しいからです」

手入れにご注意
 幼い正ちゃんはお風呂から上がって、お母さんに拭いていただいています。
 「お母さん、すっかり乾かしてね」
 「ええ、そうですとも、・・・けれど、どうしてえ、正ちゃん」
 「僕、錆びちゃうと困るから」

同情
 お母さんにひどく叱られて、庭の隅の物置の中に隠れて居る正夫君。
 心配して探しに来たお父さんを見て、そっとたづねました。「お父さんも、お母さんに叱られたの?」

郵便
 小さい子、郵便屋さんに「小父さん、どこへ行くの」
 郵便屋さん「山向こうのお家へ手紙を届けに行くんだよ」
 小さい子「それじゃ、わざわざ持って行かなくたって、このポストに入れておくと届くのに」

昭和10年~16年
仕事
 伯父「仕事というものは何でも下からだんだんに仕上げてゆかねば成功しないものだよ」
 太郎「じゃ伯父さん、穴を掘る時はどうしますか」

お父さんは怖いぞ
 坊やは歯医者さんをにらんで言いました。
 「痛くするとお父ちゃんに言いつけてやるから・・・。お父ちゃんはお巡りさんだよ」

戦時下(昭和16年~20年)
走りだす
 年始に行って、帰りがけに、
 弟「兄さん、あの木炭自動車は、ずいぶんよく走るね」
 兄「あたりまえじゃないか。誰だって、おしりに火がつけば、じっとしてなんか、いられないよ」

負け惜しみ
 両手をひろげて飛行機ごっこをしていたトン吉とチョン吉、頭をかち合わせてチョン吉が泣きだした。
 トン吉「飛行機が泣いちゃ、おかしいよ」というと、泣きながら、
 チョン吉「ちがうよ。これは飛行機が、しょうとつしたから、今ガソリンが、こぼれているところだい」

戦争後(昭和20年~37年)
子供は正直
 物売り「ごめん下さい。お母さんいますか」
 子ども「お母さんはお使いに行きました」
 物売り「それでは、いつごろ帰りますか」
 子ども後ろを見て小声で、
 「お母ちゃん、そのつぎはなんていうの」

新英語
 兄「新しいことを英語で、ニューというのさ」
 弟「なるほど、だから新しく学校へ入るとき、ニュー学っていうんだね」

ゆうめいな山
 兄「日本で有名な山を二ついってごらん」
 弟「力道山と千代の山だろう」
 兄「?」

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