ダークマターの「雲」にずれ、実在の証拠か
NASA/ESAのハッブル宇宙望遠鏡が撮影した、融合する4つの銀河の画像。そのうちの1つの銀河を取り巻くダークマターの「ハロー(かたまり)」の分布が銀河とずれているように見え、ダークマター粒子が実在する証拠である可能性が出てきた。
天文学者は80年近く前から、宇宙を満たす謎めいたダークマターの正体を明らかにしようと努力してきた。彼らがダークマターの概念を思いついたのは、銀河の運動を観測すると、宇宙の質量が目に見える星や銀河の質量だけでは説明できないほど大きいように見えるからだ。彼らはこの物質を、ビッグバンの際に大量に生成した、重力には関わるもののどうやっても目に見えない素粒子だろうと推測した。天文学者はこうした素粒子を直接観察できていないため、ダークマターは基本的にまだ理論上の存在である。
今回、ハッブル宇宙望遠鏡と超大型望遠鏡VLT(チリ)を使って行われた新たな観測により、ダークマターの正体について決定的な手がかりが得られた可能性がある。『Monthly
Notices of the Royal Astronomical Society』誌に掲載された論文によると、エイベル3827という地球から約14億光年の彼方にある銀河団のダークマター粒子は、重力以外の力を感知しているという。
この観測で実際に検出されたのはダークマターの異常な分布だ。通常、ダークマターは銀河を取り巻く巨大な「ハロー(かたまり)」を形成している。私たちの銀河系でも例外ではない。銀河系は猛スピードで回転しているので、ダークマターの大きな重力でつなぎ止められていなければバラバラに飛び散ってしまうはずだ。けれども、エイベル3827銀河団にある1つの銀河は、ダークマターハローの中心と銀河自体の中心が約5000光年もずれていた。
宇宙では5000光年などたいした距離ではないが、一部の理論家が主張するようにダークマター粒子が重力にしか反応しないのなら、この距離はゼロでなければならない。
理論家の中には、ダークマターは重力以外の力も感知するはずだと予想する者もいる。20年ほど前から、ダークマターは「WIMP(weakly
interacting massive particles:(相互作用が〈電磁相互作用と比べると〉弱くて重い粒子)」であると考えれば、その性質をうまく説明できるという説が有力になってきている。WIMPは、重力だけでなく、原子核のβ崩壊などを引き起こす、いわゆる「弱い力」も感知するとされている。
今回の発見は、ダークマターがWIMPからできていることを示す最初の経験的な証拠となるかもしれない。研究チームを率いたダラム大学(英国)計算宇宙論研究所のリチャード・マッシー氏は、検出されたダークマターの雲のずれをうまく説明するには、この雲がエイベル3827の中心にあるもうひとつのダークマターの雲の中を通り抜けているところだと考えればよい。なんらかの力が働いて2つの雲の間に摩擦が生じ、一方のダークマターの動きが遅れたために銀河の中心からずれたと主張するものの、その力の正体については不明だという。この力はダークマターを直接見えるようにするものではないが、謎に包まれたダークマターに光を投げかける。
研究チームは、ダークマターの雲のずれの原因が、もっと月並みな現象にある可能性も否定しない。例えば、目に見える銀河の一部分で爆発的に星形成が起こると、そこだけ異常に明るくなって、銀河の中心位置の見積もりに歪みが生じるかもしれない。近隣の銀河の重力が目に見える銀河の形を乱し、中心位置を特定しにくくしている可能性もある。マッシー氏は、「別の説得力ある説明を考えるのは困難ですが、あまりにも重要な発見なので、不用意なことは言えません」と慎重だ。
NASAのジェット推進研究所のジェイソン・ローズ氏はダークマターの専門家だが、現時点ではダークマター粒子が未知の力を通じてお互いの動きを遅くしている可能性が高いように思われるとコメントしながらも、「さらなる情報が必要です」と言う。証拠探しはすでに始まっていて、別の銀河の観測が計画されている。
ほかの銀河でダークマターハローのずれが発見されたとしても、この粒子の正体が解明されるとはかぎらない。ダークマターが重力以外の力を感知するとしても、その力の強さを計算して候補粒子を絞り込むのは困難だからだ。
欧州原子核研究機構(CERN)の素粒子科学者は、世界最大の粒子加速器である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使って地球上でダークマター粒子を作ることができれば、性質を測定しやすいので理想的だという。また、宇宙からやってくる素粒子を待ち構えている地下実験室の検出装置が、地中を通り抜けてきたダークマターを見事に捉えるかもしれない。
いずれにせよ、物理学者も数学者も、ダークマターが永遠に闇に包まれているはずはなく、いつかはその謎が解き明かされるだろうと信じている。2015.04.20 ナショジオ
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