2014年2月19日水曜日

われわれはブラックホールの中にいる?



われわれはブラックホールの中にいる?
 時計を巻き戻して、人類が生まれる前、地球が形成される前、太陽が輝き始める前、銀河が誕生する前、光さえまだ輝くことのできなかった頃に遡ってみよう。そこにあったのはビッグバン、138億年前の出来事だ。
だが、その前は? 多くの物理学者は、「何もなかった」と答える。
 しかし、そう考えない異端の 物理学者も、わずかながらいる。彼らの説によれば、ビッグバンの直前には、生まれようとしている宇宙のすべ ての質量とエネルギーが、信じ難いほど高密度だが、有限な大きさを持つ1つの粒の中に押し込められていたと いう。この粒を「新宇宙の種」と呼ぶことにしよう。

 では、その種はどのようにして生まれたのか。 数年前から議論になっている1つの考え方は、われわれの宇宙の種は、自然界でおそらく最も極端な環境である 究極の炉、すなわちブラックホールの内部で作られたというものだ。とくに、ニューヘイブン大学のニコデム・ ポプラウスキー(Nikodem Poplawski)氏の説がよく知られる。

◆マルチバース 
過去数十年 の間に、多くの理論物理学者が、宇宙は、われわれが暮らす宇宙1つだけではないと考えるようになった。この 宇宙は、無数の別々の宇宙からなる「マルチバース(多宇宙)」の中の1つかもしれないということだ。
 1つの宇宙が別の宇宙とどのようにつながるのか、あるいはそもそもつながっているのかという問題は、 大きな論争を呼んでいる。すべては非常に思弁的な議論で、現時点では証明はまったく不可能だ。しかし、宇宙 の種は植物の種のようなもので、基本物質が高度に圧縮され、保護殻の中に隠された塊となっているという考え 方には説得力がある。この記述は、まさにブラックホールの内部で作られるものの説明と同じだ。
 ブ ラックホールでは、重力があまりにも大きく、光でさえ逃げ出すことができない。ブラックホールの内側と外側 を分けるその境界を、事象の地平線と呼ぶ。

果てしない問題
 ブラックホールの底で起こっ ていることを確認するためにアインシュタインの理論を用いると、計算上、密度が無限大で大きさが無限小の 「特異点」という仮説的概念に到達する。しかし、通常自然界では、無限というものは存在しない。アインシュ タインの理論には、このような不調和がある。宇宙の大半については見事に計算できるが、巨大な力の前では破 綻しがちなのだ。巨大な力とは、たとえばブラックホールの内部や、宇宙の誕生の瞬間に存在したような力であ る。

 ポプラウスキー氏らは、ブラックホール内の物質は、実際に、それ以上は押しつぶされない段階 にまで到達すると主張する。この「種」は、信じ難いほど小さく、太陽の10億倍もの質量を持つかもしれない が、特異点とは異なり、現実に存在する。
 ポプラウスキー氏によれば、ブラックホールは自転してい るため、圧縮のプロセスは引き止められる。自転は極めて速く、光速に近い可能性もある。この自転が、圧縮さ れた種に巨大なねじれを与える。種は小さく重いだけでなく、ねじれ、圧縮されている。ばね仕掛けで飛び出す びっくり箱のヘビのような状態だ。
 それは突然、爆発するように飛び出すことができる。これがビッ グバンだ。ポプラウスキー氏は「ビッグバウンス(大反跳)」という表現を好む。

 言い方を変えるな ら、ブラックホールは2つの宇宙の間の導管、「1方通行のドア」である可能性があると、ポプラウスキー氏は話 す。つまり、あなたが銀河系の中心のブラックホールに落ち込んだとしたら、あなた(少なくとも、かつてあな ただった断片の粒子)は、最終的に別の宇宙に現れると考えられるのだ。その宇宙は、われわれの宇宙の中にあ るわけではないとポプラウスキー氏は説明する。ブラックホールは連絡路にすぎない。2本のヤマナラシの木を つなぐ地下茎のようなものだ。

 では、この宇宙の中にいるわれわれはどうなのか。われわれもまた、 別の古い宇宙の産物なのかもしれない。それを母宇宙と呼ぼう。その母宇宙のブラックホールの中で鍛え上げら れた種が、138億年前にビッグバウンスを起こした可能性がある。われわれの宇宙は以後ずっと急激な膨張を続 けているが、それでも今なお、われわれはブラックホールの事象の地平線の裏に隠れて存在しているのかもしれ ない。Michael Finkel  for National Geographic News February 19, 2014
PHOTOGRAPH BY ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/NASA/ESA/F. COMBES

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