2009年10月16日金曜日

札幌時計台



札幌時計台
 建物自体は、旧札幌農学校(北海道大学の前身)の演舞場として、W.S.クラーク博士に続く第2代の教頭W.ホイラーの構想により、明治11年10月16日に建設された。
時計塔はホイラーの帰国後教頭となったD.P.ペンハローが計画、同14年に付設され、以後「時計台」の名で親しまれている。
 したがって、明治10年に帰国したクラーク博士はこの建物を見ることはなかったが、帰国に先立ち演舞場の原形とも云える「武芸練習場」の設置を開拓使に要請しており、これが演舞場(屋内体育館)の建設につながった。

 建物は、アメリカ中・西部開拓地の、バルーンフレーム構法といわれる木造建築構造様式を取り入れた飾りの少ない簡素な実用建築で、わが国ではほとんど類例のない建造物である。

 時計塔には、米国ボストン市のハワード時計会社製作の自打重錘振子式四面時計(製造番号738)が設置され、明治14年8月12日の運転開始から当時の姿のまま、時を刻み、鐘を鳴らし続けている。(主にパンフよりレジメ)

1970年、国の重要文化財に指定された。

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