2050年宇宙の旅 夢かなえる天空へのエレベーター
エレベーターに乗って3週間の宇宙旅行に出かける――。SF小説や映画で空想とされてきた夢の乗り物「宇宙エレベーター」の実現が近づいてきた。日本の大手ゼネコンが構想の具体化に動き出しており、建設費はリニア中央新幹線(東京~大阪)並みだ。宇宙飛行士のように特別な訓練を受けなくても、一般の人が座ったままで旅立てる。宇宙開発は欧米やロシアが先行しているが、日本の民の力が風穴を空けようとしている。
■時速200キロ、まるで新幹線
宇宙エレベーターのイメージ。地球から10万キロ伸びたケーブルをカゴ(クライマー)が進む(大林組提供)
2050年8月。会社員の佐々木希海さん(仮名)は念願の宇宙旅行に出発するため、南国の人工島に向かった。そこには宇宙につながるエレベーターの発着所がある。訪れるとエレベーターが6両、電車が縦になったような状態で待ち構えている。車両に乗り込むと列車のように座席がずらりと並んでいた。予約していた窓際の「2A」席に座り、シートベルトを締めた。
「静止軌道ステーション行き、まもなく発車します」。アナウンスの後、扉は静かに閉まり、エレベーターは上空に向けて動き出した。徐々にスピードが上がり、気がつくと速度計は時速200キロメートルを指していた。大気圏を抜けてもゆっくり進むため、体に違和感はない。まるで新幹線のような乗り心地だ。8日後、高度3万6000キロメートルの宇宙ステーションに到着。宇宙服をまとい、外に出ると地球からは拝めない満天の星空が広がっていた。「ここが宇宙なんだ」。無重力空間でフットサルをしたり、食事をしたりと宇宙空間ならではの体験を満喫した。
遠い夢物語に聞こえるかもしれないが、大手ゼネコンの大林組は本気でエレベーターの開発に取り組む。13年4月に設置した専門部署「宇宙エレベーター実用研究開発チーム」の幹事、石川洋二さんは「25年に建設を始めれば50年には完成し、誰もがエレベーターの旅を楽しめるようになる」と強調する。
途中にはいくつかの「停車駅」を設ける。地球の自転周期と同じで日本の気象衛星「ひまわり」などの通信衛星が位置する約3万6000キロ地点には「静止軌道ステーション」があり、常時50人が居住。静止衛星の投入や回収のほか、宇宙採掘資源の処理などをする。さらにその先5万7000キロ地点はいわば「乗換駅」。ここでエレベーターを降り宇宙船に乗り換えれば、7~9カ月で火星に到達できるという。
■鋼鉄の20倍以上、超強力ケーブルで支える
宇宙空間は地球への重力や遠心力がかかる。気温も低く、放射線が降り注ぐなど過酷な環境だ。通常のビルのエレベーターで使われている鋼鉄や麻のケーブルでは心もとない。
そのため「カーボンナノチューブ(CNT)」という素材を使う。日本の物理学者、飯島澄男氏が発見した。曲げても折れないしなやかさを持ち、熱や電気をよく通す性質を持つナノテクノロジー素材の一つだ。引っ張り強度は150ギガパスカルと鋼鉄の20倍以上もある。
これなら理論上ではエレベーターを支えることができる。しかし、現在の技術ではCNTの長さは数ミリメートルにしか伸ばすことができない。長い糸状に加工する技術はまだ道半ばで、この技術を確立すれば宇宙エレベーターの実現は近づく。
宇宙空間を行き来するクライマーを動かすエネルギーをどう供給するかも課題だ。大林組は地上からレーザー光でエネルギーを供給するか、宇宙空間に設置した大型太陽光パネルで供給するなどの手段を想定する。
大林組の試算では建設費は10兆円。米国の「アポロ計画」やリニア中央新幹線の東京~大阪(約9兆円)に匹敵する費用がかかる。今のところ、宇宙を行き来する唯一の手段はスペースシャトルしかない。だが、燃料を大量に積まなくてはならず、1キログラムの物資を運ぶコストは約170万円もかかるとされる。これに対し宇宙エレベーターなら「数万円で済む」(石川さん)。建設費は大きいが、運用コストは100分の1程度で済むというわけだ。
このほかにもクリアすべき課題は少なくない。落雷やジェット気流の発生、隕石(いんせき)の衝突など様々な事故が発生する可能性があるためだ。万が一ケーブルが切れたり、クライマーが故障したりした際、どう脱出するか。緊急時の備えも必要だ。石川さんは「東京スカイツリーをつくったときのように、他社との連携で技術力を高めていく」と話す。
■宇宙開発、エレベーターで日本主導に
クライマーが高度1000メートル以上に達することに成功した(2014年8月に宇宙エレベーター協会が主催した競技会の様子、JSEA・秋山氏提供)
宇宙エレベーターの概念は意外に古い。19世紀末、旧ソビエト連邦の科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーが「エッフェル塔の先を伸ばしたら宇宙に行けるかもしれない」と考えたのが始まりとされる。その後、各国の科学者が研究を重ねた。SF作家アーサー・C・クラークが1979年に発表した小説「楽園の泉」で宇宙エレベーターが登場したことで、一般に知られるようになった。米航空宇宙局(NASA)をはじめ、欧米でも宇宙エレベーターの研究・開発に取り組む研究者はいるが「まだ技術的に確立されていない」(日本大学の青木義男教授)という。
日本では大学や企業の研究者で構成する宇宙エレベーター協会(東京・港)が08年に発足。毎年、上空から垂らしたケーブルを昇降するクライマーの技術力を競う大会を開いている。昨年は大林組や静岡大学などの研究者ら19チームが参加。あるチームは重さ14キログラムのクライマーを1200メートルのケーブル上で2往復させることに成功した。こうした大会を継続的に開催しているのは日本だけだ。
静岡大学は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実験の一環として、16年度に宇宙空間で100メートルのひもを引っ張る実験を実施する。その場で得た知見はエレベーターのケーブルの開発にも生かされる見通しだ。
宇宙エレベーター協会の大野修一会長は「大林組のように具体的な構想の実現に取り組む会社が存在し、実際に宇宙空間で実験することも決まっている国は日本以外にはない」と話す。日本が培ってきた技術の力。その根底には豊富な想像力がみなぎっている。(電子整理部 鈴木洋介)2015/2/26 7:00 日経
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