2013年3月12日火曜日

オンライン授業の衝撃:中


(教育をタダにする オンライン授業の衝撃:中)優秀な受講生、企業に紹介
 新しい情報技術を生んできた米カリフォルニア州のシリコンバレー。ここで今、世界の大学の存在意義を揺るがしかねない動きが進んでいる。
 同州にあるスタンフォード大学の人工知能研究所長を務めていたセバスチャン・スラン教授は終身教授の地位を捨て1年前、一流の授業をオンラインで世界に無料発信する会社「ユダシティー」を設立した。
 きっかけは2011年、自身の講座をネットで無料配信したこと。「自動操縦車の開発で知られる著名な人工知能学者の授業がタダで受けられる」と、190カ国・地域から16万人の受講生が殺到した。恵まれない境遇から教育機会を得て喜ぶ声に心を動かされた。

 「200人だけに教えるスタンフォードの教室にはもう戻れないよ。大学よりも、世界中の受講生の方が私を必要としているんだ」
 名門大に身を置いたスラン氏には、大学の制度疲労がくっきりと見える。「社会の先端技術は5年で変わるのに、教授は相変わらず自分の研究テーマを教えて いる。高等教育は壊れている」「大学が育てている人材と、企業が求める人材にミスマッチがある。新卒の若者が入社後に学び直さないといけないなんて悲しい でしょう」
 ユダシティーのビジネスモデルは人材紹介企業だ。
 受講生のオンライン講座の成績をコンピューターに保存し、提携先の企業に送る。企業側は科目別成績を基に人材を見つけて声をかけ、採用に至ればユダシティーに仲介料を払う。

 設立後の1年間で「ウェブ制作」「起業方法」など約20講座を公開、100万人以上の受講生を集めた。提携企業は米国を中心に350社。グーグルやアマゾン、大手銀行などが名を連ねる。昨年末までに数千人が履歴書を寄せ、20人以上の仲介に成功した。
 このビジネスモデルが当たり前になれば、既存大学の存在意義を揺るがしかねない。必要なのは優れた授業をする講師で、大学の名前や権威ではないからだ。
 ユダシティーの講師陣は、スラン氏が「教えるうまさ」で選んだ約20人。企業のエンジニアや起業家たちが並び、大学教授は半数くらい。各地の大学の教授数百人が参加を打診してきたが、「98%は断った」という。
 「物理学入門」を教えるのは大学を3年前に卒業したばかりのアンディさん(25)。一つの動画が数分単位と短いのが特徴で、500本の動画に、受講生に 解答を求めるクイズが245問もある。「彼は質問を繰り出して受講生の脳に入り込み、考えさせることが実にうまい。人が学ぶのは、教授の講義を聴いている ときではなく、自分の力で考えている瞬間なんだ」とスラン氏。

 同じビジネスモデルで注目されるもう一つの企業が「コーセラ」。出資者には、グーグルやアマゾンを支えた大物ベンチャー投資家ジョン・ドーア氏らが名を連ねる。
 理系に特化して少数精鋭の講師陣が授業を提供するユダシティーと違い、米国や香港、イタリア、ドイツなど17カ国・地域の62大学から配信された325の講義を無料で提供する。受講生285万人の3分の2は米国外の居住者だ。
 昨年末、人材紹介業に本格参入。創業者で、スタンフォード大学教授のダフニー・コラー氏は「日本のグローバル企業も日本人学生だけに関心があるわけでは ないだろう。私たちはインドや中国、ブラジルの優秀な学生を紹介できる」と話す。人文から芸術まで幅広い講義を提供し、企業からの「この講義の成績トップ 10の紹介を」という要請に応じているという。

 ■地球規模で「ノート」貸し借り 学ぶ人、ネット上で教え合う
 世界に散らばる受講生たちは、インターネットのフォーラムで、同じ講座で学ぶ人々と教え合っている。それが、受講生が24時間、質疑や討論を繰り返す「グローバル教室」だ。
 ある日の午前6時39分(米太平洋時間)、日本人名の受講生が英文法に関する質問を書き込むと、17分後にパリの男性(25)が、さらに25分後にも別の学生が回答を寄せた。57歳の女性は「私も同じ疑問を持っていたのよ」と感謝した。
 質問だけではない。昨年12月8日午後、ある女性が「みんなの役に立つといいな」と3週間分のノート71枚を公開すると、イランやクロアチア、ブラジル、ガーナ、インドネシアなどから利用者が殺到した。

 昨年11月には米国の受講生が「誰でも編集できる講義ノートを作ろう」とネット上でノートをとり始めた。年配の女性が「やり方さえわかれば参加したい」 と書くと、31分後に「登録は不要。クリックして書き加えるだけだよ」と助言が届いた。ノートは講座の閉講までに92ページに増え、通算6千人が活用。地 球規模でのノートの貸し借りだ。
 ユダシティーは、こうしたフォーラムへの貢献度も企業に開示する。スラン氏は「仲間の生産性を上げる人材は活躍できる。数学などの知識はハードスキルだ が、仲間に貢献する力はソフトスキル。大学は後者を測れないが、我々にはできる。企業に『チームワークもできる人材だ』と紹介する」と話す。 (金成隆一) 2013年3月7日 朝日

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