2013年3月12日火曜日

オンライン授業の衝撃


(教育をタダにする オンライン授業の衝撃:上)学びの革命、世界が舞台
 体を張った物理学の講義で知られる、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の名物教授ウォルター・ルーウィン氏(77)は、無料オンライン講座「ムーク」の誕生を歓迎している。
 「15世紀の印刷機の発明に匹敵する革命だ。私の目的は、地球上の10億人に教育を提供することだ」
 一度は退職したが、MITが米ハーバード大と昨春から始めたムーク「エデックス」の講座に復活し、先月から初級の物理学を教える。
 最初の動画で、受講生にこう呼びかけた。
 「もし君が物理嫌いな学生でも、それは君のせいじゃない。運悪く腕の悪い先生に当たっちまっただけだ。私が君を物理大好き人間にしてみせる。君たち全員だ。人生が変わること請け合いだ」

 ショーのような授業で知られる。教室の中央の天井からつり下げた鉄球を持って教室の端へ。そして、顔の高さまで引き上げて放す。鉄球はものすごい勢いで戻ってくるが、顔すれすれでぴたりと静止。エネルギー保存の法則をわかりやすく見せているのだ。
 ムークでは、教員が講義の動画やスライド、資料を配信し、受講生は名前やメールアドレスを入力すれば誰でも無料で受講できる。大学の講義を単に撮影した 動画ではなく、メリハリをつけて10分程度に編集され、ミニテストで理解度を確認しながら進める形式が多い。週に5~10時間ほど、3~4カ月間受講し、 宿題や試験で基準に達すれば修了証を入手できる。

 英語による講座が多いが、人気講座は利用者らが勝手に字幕を付けて拡散するため、10を超す言語で見られる動画もある。こうして、世界のすみずみまで一流大の授業が広がり、あらゆる地域の意欲ある受講者とつながっていく。1年間で受講生は計450万人を超えた。
 オンライン教育そのものは新しくない。ただ、従来は教材を売る「商売」で、受講者は限られ、大学にとってはさしてもうからないサイドビジネスだった。
 そんな中、2001年にMITが授業の無料公開を発表する。きっかけは教材のオンライン化に乗り遅れた「後発組の焦り」。当時の学長が挽回(ばんかい) 策の考案を命じたが、どう試算しても収益は伸びない。諦めからひねり出されたのが、無料という突拍子もないアイデアだった。少なくとも「世界に役立つ知識 を広める」との大学理念には合致していた。

 事態は誰も想像しなかった方向に展開していく。
 初年度に参加したのは1千人の教員のうち約50人。「仕事が増える」「なぜ自分の教材を無料で見せねばならないのか」と抵抗が強かった。だがその後、優 れた教材をネットで見た優秀な学生が入学してきた。人目にさらされる緊張感から教材の質も上がる。参加する教員は次々と増え、利用者の規模も拡大した。
 そして12年。大学と受講生が双方向でやり取りしながら授業を進めるムークを、ハーバード大と一緒につくった。受講生の学習履歴を回収できるようになると、人材獲得の有力な手段として注目を集め始める。

 現在、MITが提供する講座は、「世界の貧困の諸課題」「生物学入門」「コンピューターサイエンス入門」など計7講座。当初からオンライン教育に携わっ てきたMITの宮川繁教授は「真のインパクトが見えるのはこれから」と話す。「平和賞や文学賞を除けば、ノーベル賞の受賞者には今も先進国の出身者が多 い。これは教育環境の差によるものだ」
 ムークでは、優秀な人が世界のどこにいるのかがわかる。教育機会を得られなかった発展途上国の人も、医療など最先端の研究に携わるようになる――そんな時代がそこまで来ている。

■24歳、三つの仕事しながら
 ムークの受講生は世界中で自発的に学習会を開いている。夜7時。米サンフランシスコのバーに初対面の男女7人が集まっていた。
 米フロリダ出身の女性リンジーさん(24)は、びっしり書き込んだ分厚いノートを持参。小さな村で、7人きょうだいの長女として家畜の世話をしながら育ち、高等教育を受けるなんて考えたこともなかった。でも今は三つの仕事を掛け持ちしながら、毎晩ムークで勉強を続ける。
 「私でも名門大学が求める水準をクリアできると証明したくてノートを取り続けたら、スタンフォード大の最終試験で95%もとれたの。将来の雇用主にも堂々と見せられるわ」
 そう話すと、周囲から拍手が起こった。とくに熱心に祝福していたのがメキシコ移民の女性ガブリエラさん(26)。米国のNPOへの就職をめざし、論理的に英語で意見を伝える方法をムークで学んでいる。
 その翌日。米シリコンバレーで学習会があり、10人が集まった。米国人が3人、中国人4人、インド人3人。多くはIT技術者だ。「先端技術は勉強を続けないと、すぐに時代遅れになる。無料のオンライン教育は最高の武器」と口をそろえた。
 (金成隆一)
 
◆キーワード
 <ムーク> 英語表記はMOOC(Massive Open Online Courses)。ウェブサイトで公開され、世界中の人が受講することので きる大規模講義。受講料は基本的に無料。米国の大学や企業が提供する例が多く、受講者は急速に増えている。大学と受講者には双方向性があり、受講者は映像 で講義を見るだけでなく、宿題や試験を経て、水準に達すれば修了証を受け取ることができる。大学や企業は、受講者の得意分野や成績を把握し、優秀な人材の 獲得につなげる。

■代表的なムークと主な講義(開講予定含む)
 【エデックス(edX)=2012年5月開校】
 https://www.edx.org/
 12大学24講座を公開、受講生70万人超
 ハーバード大「正義論」「著作権」、MIT「生物学入門」「世界の貧困」、UCバークリー「人工知能」
     *
 【コーセラ(Coursera)=2012年4月開校】
 https://www.coursera.org/
 62大学325講座を公開、受講生285万人
 コロンビア大「金融工学とリスクマネジメント」、プリンストン大「アルゴリズム」「世界史」、東京大「戦争と平和の条件」
     *
 【ユダシティー(Udacity)=2012年1月開校】
 https://www.udacity.com/
 授業力で選ばれた教員や著名人ら約20人が20講座を公開、受講生100万人超
 著名学者スラン氏「人工知能入門」「ロボット人工知能」、著名起業家ブランク氏「スタートアップの起業方法」、物理好きの若者アンディ氏「物理学入門」
201336日 朝日

1 件のコメント:

ぜんちゃん さんのコメント...

本日、MITのオンライン講座を立ち上げたキーマンの宮川繁教授のお話を直接聴く機会がありました。そのお話に関連するこの記事もどうしても読みたかったので、とても助かりました!(無料インライン授業の記事を読むのに、有料契約を朝日新聞から求められますので・・・汗)

アメリカのムークの動きはとてもダイナミックですね!
まさに、日本の教育界への黒船と思います。
ありがとうございました。