2019年10月19日土曜日

「超計算」人類の手中に グーグル実証か


「超計算」人類の手中に グーグル実証か
人工知能(AI)などに続く革新的技術として期待される量子コンピューターが「スーパーコンピューターを超える日」が近づいてきた。米グーグルは、理論上の概念だった性能を実証し、最先端のスパコンで1万年かかる問題を瞬時に解く実験に成功したもようだ。米IBMなども研究に力を入れる。急速な進歩はいずれ人類にこれまでにない計算パワーをもたらす。AIの活用や金融市場のリスク予測などを通じ、社会にディスラプション(創造的破壊)を起こす可能性を秘める。
グーグルが「量子超越」を達成したもようだ――。英フィナンシャル・タイムズは9月、こう報じた。日本経済新聞が入手した資料によると、最先端のスパコンでおよそ1万年かかる計算問題を、同社の量子コンピューターが320秒で解いたという。

量子超越は、従来のコンピューターでは困難な計算問題を量子コンピューターが解く性能を指す。理論上はスパコンを上回るとされた計算性能を、グーグルは世界で初めて実証したとみられる。同社は「コメントできない」としているが、事実なら「教科書に載るレベル。歴史に残る成果」(科学技術振興機構の嶋田義皓フェロー)だ。近く正式発表するもようだ。

量子コンピューターは「量子力学」という物理法則に従って動く。従来のコンピューターは「0」か「1」で情報を表すが、量子力学の世界は「0であり、かつ1でもある」という特殊な状態が起こりえる。
この仕組みを利用した「量子ビット」と呼ぶ計算単位を使うことで、膨大な情報もまとめて処理できる。計算の回数が大幅に減り、時間が劇的に短くなる。グーグルは今回、53個の量子ビットを実現し、乱数をつくる計算でスパコン超えの性能を実証したようだ。

グーグルなどが量子コンピューターの研究に乗り出したのは、半導体の微細加工による従来のコンピューターの性能向上に限界が見え始めたためだ。AIなどの登場を受け、膨大なデータを扱えるコンピューターが求められている。
50100量子ビットに到達し、開発は「NISQ」と呼ぶ中規模の量子コンピューターに移りつつある。まだ幅広い計算に使えるわけではないが、経済や産業、社会を変えると期待が膨らむ。

計算能力が足りないために、解決しない難題は多い。例えば都市部の渋滞解消。現在は無数の車がそれぞれの都合で走り、渋滞を招く。1台ずつが進む道を短時間に計算するのは困難だ。量子コンピューターを使い、車ごとに「渋滞を起こさない最適ルート」を指示できれば解消に役立つ。
AIによる画像や言語などの処理も短時間、省エネになる。計算力を生かし、個人の体質に合わせて薬を作り分けるような新たな医療の誕生も後押しできる。

量子コンピューターの「使い道」の開拓に力を入れるのがIBMだ。16年に量子コンピューターを外部の利用者にクラウド経由で公開した。世界で15万人を超す登録利用者のほか独ダイムラーや米JPモルガン・チェースなど80近い企業などと研究を進める。
日本では慶応義塾大学に連携拠点があり、銀行や化学大手が参加する。画期的な薬や材料の開発、金融市場のリスク予測などの研究が熱を帯びる。

ただし、量子コンピューターがもたらすのは「光」だけではない。革新的技術は時に脅威となる。ささやかれるのが、ネット社会が根底から揺らぐリスクだ。
現在は通信の際にパスワードなどの情報を暗号化している。最新のスパコンでも解読に時間がかかることから「安全」とみなす。量子コンピューターはこの暗号を破る恐れがある。新しい暗号技術の検討も進む。

IBMのメインフレーム(汎用機)の発売は1964年。従来のコンピューターもその前に20年ほどの黎明(れいめい)期があった。日本IBMの森本典繁執行役員は「量子コンピューターもそういうフェーズにある」と指摘する。
コンピューターの歴史で、およそ70年ぶりに起き始めた革新の動き。本格的な量子コンピューターの実用化には課題が多いが、米インテルや中国のアリババ集団なども開発に参入し、今後もブレークスルーが生まれる見通しだ。
(生川暁、張耀宇)2019/10/18 18:00日本経済新聞 電子版

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