君臨すれども統治せず
英国といえば、やはり女王陛下である。86歳のエリザベス2世は頻繁にスピーチをこなす。五輪が迫ると、熱がこもった。
*「五輪の開催は英国の子供たちや地域を鼓舞し、身体運動を始めたり、他人への尊敬や友好というオリンピックの価値観を日常生活で実践するよう駆り立てました」(IOCのロゲ会長らをバッキンガム宮殿に招いたレセプションで)
*「私にとって、団結の精神はオリンピック理念の最も重要な部分です。英国民は、その精神の活性化に果たした役割を誇りにしていいでしょう」(外国元首らを招いた歓迎式典で、英国内で約8千人が参加した聖火リレーにふれて)
*サプライズ演出
開会式がクライマックスに達したとき、巨大モニターには映画「007」の主人公ジェームズ・ボンド役の俳優が女王をエスコートし、バッキンガム宮殿からヘリコプターで飛び立つシーンが映し出された。「女王」はなんと、パラシュートで飛び降り、会場に降下していく…。
直後、映像と同じピンクのドレス姿の女王本人が貴賓席に現れ、厳粛な(かつ何食わぬ)表情で英国国旗の掲揚を見守った。むろん、スタントマンを使っての演出なのだが、女王が承諾したことに意義がある。演出に込められた英国流のユーモアを女王が自ら体現したのは爽快である。これは孫のウィリアム王子らにも知らせていなかったそうだ。英国内外を驚かせてやろうという、女王一流のちゃめっ気だったのかもしれない。
北京五輪と比較してしまう、国の威信をかけたのはどちらも同じだ。しかし、北京ではユーモアを見いだせなかった。そこが決定的に違う。中国の胡錦濤国家主席が北京五輪を「100年の夢の実現」と呼んだのに対し、エリザベス女王はすました顔で「007」と共演した。国力誇示合戦になりがちなスポーツの祭典に潤いを与えたのだ。
*「ひどい年」乗り越え
ユーモアを大切にする女王は前例のない個人的な苦労を重ねた君主でもある。有名なスピーチを思い出した。
1992年11 月24日、即位40周年祝賀午餐(ごさん)会で女王はその年を「アナス・ホリビリス(ラテン語でひどい年の意味)だった」と振り返った。当時の英王室が チャールズ皇太子とダイアナ妃の不仲など王族のスキャンダル報道に悩まされたことや、午餐会の4日前に居城の一つであるウインザー城が火災に見舞われたことを指す。
この「ひどい年」演説で女王は、民主主義社会では王権も批判の対象になるとしつつ、
*「詮索は優しさと良質のユーモアと理解をもってなされる場合にのみ有効である」
とメディアの野放図な暴露報道に反撃していた。
とメディアの野放図な暴露報道に反撃していた。
5年後、ダイアナ妃の衝撃的な交通事故死があり、女王は、多くの人々がダイアナ妃
に同情を寄せる事実を無視できないと悟った。その後、女王は国民との距離を縮める努力を重ね、支持を回復し、即位60周年に至った。
「アナス・ホリビリス」から20年、2012年は女王にとって「アナス・ミラビリス(すばらしい年)」として推移している。
(とりうみ よしろう)2012.8.11
03:23 産経ニュース
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