2019年10月31日木曜日

2つの銀河が衝突


「不気味な顔のような天体」実は2つの銀河が衝突…見える期間は1億年
不気味な顔のように見える天体(NASA、欧州宇宙機関など提供)
 31日のハロウィーンに合わせ、米航空宇宙局(NASA)は、ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた、不気味な顔のように見える天体の画像を公開した。
*撮影は今年6月。NASAによると、「顔」の正体は、地球から約7億光年離れた場所で衝突している、同じようなサイズの二つの銀河。目のような部分はそれぞれの銀河の核、顔の輪郭のように見える部分は若い星などの集まりだという。輪郭部は銀河同士が特定の方向で衝突した時だけ現れ、顔のように見える期間は約1億年に及ぶという。
 NASAはホームページで「貫くような『目』は異世界の生き物のようですが、幽霊ではありません」と紹介している。2019/10/31 18:35 読売

2019年10月19日土曜日

性別は720種類、脳がないのに学習 特異な生命体


性別は720種類、脳がないのに学習 特異な生命体、パリ動物園で一般公開
学習し自己増殖する奇妙な生き物「モジホコリ」、仏動物園で一般公開
(CNN) 明るい黄色をしていて、時速4センチの速度ではうことができ、脳がなくても問題を解決でき、半分に切断されても自己修復できる――。そんな特異な生命体が、フランスのパリ動物園で19日から初めて一般公開される。

この生命体は、単細胞の粘菌の一種モジホコリ(学名フィサルム・ポリセファルム)。植物でも動物でも菌類でもなく、性別はオスとメスの2種類ではなく720種類もある。分裂して別の個体になったり、融合して元に戻ったりすることもできる。
10億年ほど前から存在していたと思われるが、1973年5月、米テキサス州の民家の庭で増殖しているのが発見されてセンセーションを巻き起こした。

2016年には英王立協会紀要に論文が発表され、学会で脚光を浴びた。フランスの研究者によれば、モジホコリは学習して有毒物質を避ける能力があり、1年たってもその行動を覚えていることが分かった。
パリ動物園の研究によれば、迷路を抜け出す最短距離を発見したり、環境の変化を予測するといった問題解決能力も持っているという。
同動物園のモジホコリは、シャーレの中でオートミールを与えて培養し、一定の大きさになったところで樹皮に移し、テラリウム容器に入れて展示する。「アカシアの木やオークの樹皮、クリの樹皮を好む」という。
野生のモジホコリは欧州の森林の地面に生息していて、気温19~25度、湿度80~100%の環境で繁殖する。天敵は光と乾燥のみ。ただし生存が脅かされると何年もの間冬眠することもできるという。CNN 2019.10.18 Fri posted at 11:20 JST

「超計算」人類の手中に グーグル実証か


「超計算」人類の手中に グーグル実証か
人工知能(AI)などに続く革新的技術として期待される量子コンピューターが「スーパーコンピューターを超える日」が近づいてきた。米グーグルは、理論上の概念だった性能を実証し、最先端のスパコンで1万年かかる問題を瞬時に解く実験に成功したもようだ。米IBMなども研究に力を入れる。急速な進歩はいずれ人類にこれまでにない計算パワーをもたらす。AIの活用や金融市場のリスク予測などを通じ、社会にディスラプション(創造的破壊)を起こす可能性を秘める。
グーグルが「量子超越」を達成したもようだ――。英フィナンシャル・タイムズは9月、こう報じた。日本経済新聞が入手した資料によると、最先端のスパコンでおよそ1万年かかる計算問題を、同社の量子コンピューターが320秒で解いたという。

量子超越は、従来のコンピューターでは困難な計算問題を量子コンピューターが解く性能を指す。理論上はスパコンを上回るとされた計算性能を、グーグルは世界で初めて実証したとみられる。同社は「コメントできない」としているが、事実なら「教科書に載るレベル。歴史に残る成果」(科学技術振興機構の嶋田義皓フェロー)だ。近く正式発表するもようだ。

量子コンピューターは「量子力学」という物理法則に従って動く。従来のコンピューターは「0」か「1」で情報を表すが、量子力学の世界は「0であり、かつ1でもある」という特殊な状態が起こりえる。
この仕組みを利用した「量子ビット」と呼ぶ計算単位を使うことで、膨大な情報もまとめて処理できる。計算の回数が大幅に減り、時間が劇的に短くなる。グーグルは今回、53個の量子ビットを実現し、乱数をつくる計算でスパコン超えの性能を実証したようだ。

グーグルなどが量子コンピューターの研究に乗り出したのは、半導体の微細加工による従来のコンピューターの性能向上に限界が見え始めたためだ。AIなどの登場を受け、膨大なデータを扱えるコンピューターが求められている。
50100量子ビットに到達し、開発は「NISQ」と呼ぶ中規模の量子コンピューターに移りつつある。まだ幅広い計算に使えるわけではないが、経済や産業、社会を変えると期待が膨らむ。

計算能力が足りないために、解決しない難題は多い。例えば都市部の渋滞解消。現在は無数の車がそれぞれの都合で走り、渋滞を招く。1台ずつが進む道を短時間に計算するのは困難だ。量子コンピューターを使い、車ごとに「渋滞を起こさない最適ルート」を指示できれば解消に役立つ。
AIによる画像や言語などの処理も短時間、省エネになる。計算力を生かし、個人の体質に合わせて薬を作り分けるような新たな医療の誕生も後押しできる。

量子コンピューターの「使い道」の開拓に力を入れるのがIBMだ。16年に量子コンピューターを外部の利用者にクラウド経由で公開した。世界で15万人を超す登録利用者のほか独ダイムラーや米JPモルガン・チェースなど80近い企業などと研究を進める。
日本では慶応義塾大学に連携拠点があり、銀行や化学大手が参加する。画期的な薬や材料の開発、金融市場のリスク予測などの研究が熱を帯びる。

ただし、量子コンピューターがもたらすのは「光」だけではない。革新的技術は時に脅威となる。ささやかれるのが、ネット社会が根底から揺らぐリスクだ。
現在は通信の際にパスワードなどの情報を暗号化している。最新のスパコンでも解読に時間がかかることから「安全」とみなす。量子コンピューターはこの暗号を破る恐れがある。新しい暗号技術の検討も進む。

IBMのメインフレーム(汎用機)の発売は1964年。従来のコンピューターもその前に20年ほどの黎明(れいめい)期があった。日本IBMの森本典繁執行役員は「量子コンピューターもそういうフェーズにある」と指摘する。
コンピューターの歴史で、およそ70年ぶりに起き始めた革新の動き。本格的な量子コンピューターの実用化には課題が多いが、米インテルや中国のアリババ集団なども開発に参入し、今後もブレークスルーが生まれる見通しだ。
(生川暁、張耀宇)2019/10/18 18:00日本経済新聞 電子版

2019年10月10日木曜日

2019年ノーベル化学賞吉野彰ら


2019年のノーベル化学賞、リチウムイオン電池開発の吉野彰ら3人に

(以下日経産業新聞に2011621日~726日に連載された「仕事人秘録」を再構成)
電池が変える未来 旭化成名誉フェロー・吉野彰氏
*京都大学で量子有機化学を専攻し大学院に進んだ。研究内容は紫外線の照射反応などを調べる光化学で、光触媒のような材料の開発に役立てられるものだった。1960年に「サランラップ」を発売、70年代から住宅事業「へーベルハウス」を展開し、業容を拡大中だった旭化成に72年に就職する。歴史のある企業でありながら野武士的な雰囲気が気に入ったのだと思う。
同期は350人ほど。私はその中でも数名しかいない大学院卒の研究開発職だった。20代だったころの研究は失敗の連続だったが、そのつど将来に生かせる経験を身に付けることができた。そうしたなか、81年にチャンスが巡ってくる。

2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹・筑波大学名誉教授が80年代に発見した電気を通すプラスチック、ポリアセチレンを応用し、素材を開発する研究が始まったのだ。私は33歳。研究部門の係長になっていた。「やっと当たりくじをひけた」と直感した。
ポリアセチレンの性質を分析したところ、最も有望と感じたのは電池としての用途だった。充電することで繰り返し使用できる「2次電池」の材料に向いているのではないかと思った。80年代に入りビデオカメラなど電子機器の「ポータブル化」が新製品のキーワードになり始めていた。今と比べたらまだ大きくて不便な製品が多かったが、高電圧を発生できる電池があれば製品をもっと小型化できる。新素材を活用する好機だと思った。

高電圧を実現するには、水を電解液に使う乾電池や鉛電池だと限界がある。水の代わりに有機溶媒を使う非水系電池にする必要がある。81年当時、非水系で既に存在していたのは金属リチウム電池。ただし弱点があった。金属リチウムは1次電池、つまり「使い捨て」なのだ。金属リチウムは敏感に化学反応する。充電を繰り返す2次電池に使う場合、発火事故のリスクが大きい。私は金属リチウムの代わりにポリアセチレンを電極に使いたいと考えた。研究を進めるうちに、無水状態に置くと極めて安定する物質であることに気付いた。金属リチウムで問題になった安全性という大きな課題をクリアできる予感が高まってきた。

電池の構造を極めて単純化して説明すると、内部に負・正2つの電極があり、負極から正極へ電子を渡す。この時、逆の向きに電流が起きる。電池の性能のカギを握るのは負極。そこにポリアセチレンを使うという発想で研究を始めた。ポリアセチレンの製造工程や電解液純度を改良し、材料の性能も当初より格段に上がってきた。だが、喜ぶのはまだ早かった。いざ電池の試作となれば、正極が必要になる。ところが、ポリアセチレンの相方として使える電極材料がみつからないのだ。

研究を始めて1年たった8212月。このまま年を越すのかと気分が重かった年末のある日、午前中に職場の大掃除があり、午後はやることがなくなった。取り寄せたまま手つかずだった海外の研究文献を何となく読み始めたら、思いがけない論文と出会った。
当時、英国のオックスフォード大学で研究していた米国のジョン・グッドイナフ教授が、80年に発表した論文で「コバルト酸リチウム」というリチウムイオン含有金属酸化物が2次電池の正極になると書かれている。しかも従来の材料より高い電圧をつくれるという。続いて「組み合わせるべき適切な負極がない」と記されていた。
ひょっとしたら私が負極にしたいポリアセチレンと組み合わせられるのでないか。831月、論文に書かれていた通りのコバルト酸リチウムを実際に作ってみた。ポリアセチレンと組み合わせ電池を試作する。充電できた。放電もうまくいく。旭化成に入社して10年。待ちに待った研究の大成功だった。

こうして生まれたリチウムイオン電池だが、あくまで「原型」だった。研究を進めるうちに負極のポリアセチレンの欠点が明らかになる。ポリアセチレンは高温状態で保存する際に劣化しやすかった。おまけに比重が小さい。つまり、軽くてかさばるのだ。電池の軽量化だけが目的なら問題ない。だが、小型化を実現するには比重の小ささは致命的だった。
待ち望んだ正極にコバルト酸リチウムが見つかって喜んでいたが、今度は負極の材料探しをやり直さなければならなくなった。ポリアセチレンと同じ特徴を持つ分子構造の化合物としてカーボン(炭素材料)が思いあたる。電気を通す性質があり期待したが、当時入手できたカーボンはどれも使い物にならない。

新しい材料は社内から現れる。繊維メーカーの歴史が長い旭化成は84年、宮崎県延岡市の研究所で当時注目され始めていた炭素繊維を研究していた。ガスを気体のまま炭化させて、基板上に炭素繊維を成長させる。こうすると繊維直径が0.1ミクロンという極めて細い炭素繊維ができるのだった。
製造方法の特徴から「気相成長法炭素繊維(VGCF)」と名付けられたこの素材は、負極としてずばぬけて高い性能を示した。85年、VGCFの負極にコバルト酸リチウムの正極を組み合わせた電池を試作。充電することに成功した。研究開始から4年。やっと現在使われているものとほぼ同じ構造のリチウムイオン電池が誕生した。

90年代は携帯電話や小型ビデオカメラが出回り始めたころ。消費者向け製品を製造する大手電機が先鞭(せんべん)をつける形でリチウムイオン電池の生産が始まった。旭化成はメーカーが使う材料作りを強みとしてきた企業。エレクトロニクス関連で最終製品を製造した経験が少なかった。販売ルートもない。そこでパートナーとなる有力企業を探した。
92年、東芝と折半出資でリチウムイオン電池開発・製造のエイ・ティーバッテリー(ATB)を設立。ソニーや他の新規参入企業との間で電池の小型・軽量化を競い合うことになった。事業は思い描いていたとおりに進まなかった。旭化成は8年後の2000年に、電池材料の開発・製造に専念するため東芝にATBの全株式を引き取ってもらった。東芝も04年にリチウムイオン電池から撤退。ATBの生産設備は三洋電機が買い取った。

旭化成がATBの経営から手を引いたのはちょうどITバブルのピーク。やがてバブルがはじけ、019月の米同時多発テロを機に世界経済が減速する。リチウムイオン電池の市場も一時的に冷え込んだ。だが、電子機器の小型化・高性能化の流れは変わらず、高性能電池の需要の見通しは明るかった。
ATBを通じてリチウムイオン電池の生産を続けている間も、旭化成では材料の開発・改良を絶えず進めていた。その中で順調に伸び始めていたのが中核部品の一つであるセパレーター(絶縁材)だった。やがてこの部品が旭化成の収益拡大に貢献するようになる。

合成樹脂の膜であるセパレーターは電池内部で正極と負極を遮断するが、完全に遮断してしまうとリチウムイオンが電極間を移動できない。電池を機能させるには、非常に微細な穴を開けておかなければならない。加工が難しいが、旭化成には技術の蓄積があった。
80年代、大量の純水を使う半導体工場などで水をろ過する特殊な膜の開発を進めていた。技術を応用し、高密度ポリオレフィン微多孔膜製品「ハイポア」を開発。80年代後半から1次電池に採用されていた。90年代にはリチウムイオン2次電池用のハイポアを発売。電極間のリチウムイオン透過効率が高く、多くのメーカーが採用した。
旭化成は2000年、電池生産から撤退する一方でハイポアの生産設備を増強した。セパレーター市場で旭化成は現在まで世界シェア首位を維持する。エネルギーの変革とEVは電池の巨大な市場を生む。勝ち続けていくにはどうしたらよいか。これからも挑戦を続けるつもりだ。 2019/10/10 2:00日本経済新聞 電子版

2019年10月5日土曜日

115億光年先、銀河の源か…形成過程の解明へ成果


115億光年先、銀河の源か…形成過程の解明へ成果
*115億光年先の宇宙で見つかった、網状のガスの広がり(青色で示されている部分)=理化学研究所提供

 115億光年先の宇宙で、複数の銀河やブラックホールの源になったとみられる網状のガスの広がりを見つけたと、理化学研究所や国立天文台などの国際チームが4日、米科学誌サイエンスで発表した。銀河などの形成の過程を解明することにつながる成果だという。

 銀河やブラックホールは、水素などのガスが供給されることで成長する。理論からは、広範囲にガスの供給源となる網のような構造があると考えられていたが、網状のガスが発する光は弱く、見つかっていなかった。 
 チームは、米ハワイ州にあるすばる望遠鏡や、チリにある欧州南天天文台の望遠鏡などを使った観測結果から、みずがめ座の方角に、縦450万光年、横300万光年の領域で網状に広がる水素ガスを確認。この広がりに沿うように、銀河やブラックホール計18個が形成されていた。

 チームの梅畑豪紀ひでき・理研基礎科学特別研究員(銀河形成)は「観測したものは、銀河などにガスを供給する大きなネットワークと言える。あるはずのものがようやく見つかった」と話す。2019/10/05 10:29 読売

2019年10月1日火曜日

心臓が量産品に変わる日 3Dプリンターで臓器


心臓が量産品に変わる日 3Dプリンターで臓器
医ノベーション(1
    
自らの肉体を自在につくる技術を人類がひとたび手にしたら、どんな未来が待っているのだろうか。そんな想像を膨らませ、取材は始まった。
羽田空港の駐機場を望む川崎市の研究開発拠点。リコーの研究室で、両手で持てそうな小型プリンターがせわしなく動く。左右に走るヘッド部分から、ぽたぽたとしずくが落ちる。漏れ出たインクではない。1滴ずつが神経細胞を含む液体だ。
ヘッドが小刻みに行き来し、絵や文字を印刷する代わりに神経細胞を丁寧に敷き詰める。12時間で最大20層ほど積み重なり、約1センチメートル角のサイコロ形をした塊になる。

*バイオ3Dプリンターで作製した細胞の3次元積層体(川崎市川崎区のリコー川崎ライフイノベーションセンター)

神経細胞は、再生医療の切り札とされるiPS細胞から育てた。この3Dプリンターの技術を使えば、細胞の塊を様々な形に変えたり、異なる細胞を混ぜ合わせたりできる。将来は大脳皮質の一部をつくり、病気やケガで傷んだ脳の治療に役立てる。事務機器のインクジェットプリンターを担当した開発員も加わり、研究は熱を帯びている。

1万人の患者が移植を待つ
リコーは、必ずしも完全な臓器をつくろうとはしていない。「患者が必要としている機能を提供する」(バイオメディカル研究室の細谷俊彦室長)方針だ。
だが「交換可能な臓器」の開発が焦点になっているのは明らかだ。2019年春、イスラエルのテルアビブ大学が3Dプリンターでヒトの細胞を積み上げ、血管まで備えたミニ心臓をつくったとのニュースが伝わった。佐賀大学も、ヒトの細胞から血管を組み立て、人への移植を目指している。本物そっくりの臓器をいかに実現するかは大きな課題だ。3Dプリンターの活用は有力な手立てで、すでに先陣争いが始まっている。

3Dプリンターはまず、ものづくりの現場で脚光を浴びた。
樹脂などを熱や光で加工し、いとも簡単に立体部品に仕立てる。臓器すらもつくれる時代が間近に迫り、遠くない未来に臓器は「量産品」に変わる。衰えたり傷んだりした臓器は、スペア(予備)の臓器と取り換え、命あるかぎり補える。そうなれば、私たちの肉体は朽ちるだけのものではなくなる。

フランス生まれの外科医アレクシス・カレルが血管をつなぎ合わせる技術を究め、臓器移植への道を開いてノーベル生理学・医学賞を受賞したのが1912年。60年代から始まったとされる移植医療は、深刻な臓器不足に直面する。腎不全患者などが望む腎臓移植は、国内では年間1500件前後。約8割が健康な人からの提供で、1万人以上の患者が移植を待つ。量産臓器が既存の移植医療を一変させるのは確かだ。

ディスラプション(創造的破壊)のインパクトはそれだけにとどまらない。研究者の一人はいう。「私は歯を器具(インプラント)に置き換えたが、臓器だって同じ。どこか壊れたら取り換えるだけだ。おかしなことではない」。国内外で、肝臓や心臓など内臓の8割以上が臓器再生の研究対象になっている。最先端技術は、肉体をどこまでも入れ替えるだけの潜在力を秘めている。

*人類は幾多の技術進歩を目の当たりにしてきた。
いつの時代も、生まれ落ちた本来の体を取り戻すことが医療の最大の使命だった。今の臓器移植も自らの体の一部を補うだけだ。ところが、これからは自分の肉体が新たな肉体に次々と置き換わる。自分の肉体の大半が新しい臓器で満たされたら、私自身でありえるのか。生まれながらの私ではないのだから、私と名乗ってはいけないのだろうか。人類史上、ほとんど意識したことのなかった問いにさいなまれる。
新たな肉体が私でないとしたら、私が私でなくなる日は近づいている。東京大学の中内啓光特任教授は「今から30年もすると、長生きしている人の多くは新たな技術で体を補い、生まれた時のままの体でいる人は少数派になっているだろう」とみる。そして、量産した臓器は、治療の選択肢として珍しくはなくなる。

どこまで「自分」でいられるか
中内特任教授は、驚くような方法で自然な臓器をつくろうとしている。ブタの受精卵にヒトのiPS細胞を仕込み、本来はブタの胎児が持つ膵臓(すいぞう)や腎臓をヒトのものに置き換える計画を温める。生まれたブタからヒトの臓器を取り出し、移植を待ちわびる患者を救うのだという。19年秋からはマウスの受精卵にヒトのiPS細胞を入れ、きちんと育つかどうかを調べる実験に取りかかった。私が少しでも私であり続けるため、本人のiPS細胞でできた臓器の作製が最終目標だ。

*リコーの細谷俊彦バイオメディカル研究室長は「患者が必要としている機能を提供する」と語る

あなたはどこまであなたでいられるのだろうか。哲学に詳しい京都大学の沢井努特定助教は、臓器移植が思うがままにできるようになったとき「外から取り込んだ組織が一定割合を超えたころから、自然(な自分)かそうじゃないかの議論が起こりうるのではないか」と推測する。ただ「心臓の働きを補うペースメーカーを埋め込むと、機械であるにもかかわらず自分の肉体の一部のように愛着をもつ人もいる」とし、臓器を交換しながらも私は私のままと感じる人はいると考えている。東大の中内特任教授の答えはこうだ。「体の大部分が他人から提供された臓器や機械に取り換えられても、脳が置き換えられない限り『自己』の意識は存在する」

防衛医科大学のチームは最近、血小板や赤血球の働きをする人工血液を開発した。大量出血で死にそうな10匹のウサギに「輸血」したところ、6匹の命が永らえたという。人工なので血液型とは無縁だ。研究成果が公になると「血液型占いはどうなっちゃうの?」「輸血したら自分じゃなくなっちゃう?」と多くの反響を呼んだ。
技術の進歩によって現代人が自問自答しなければならないテーマがまた1つ増えた。

可能性と倫理のはざまで
創造的破壊の陰には、端緒となる大発見や研究成果がある。人類が肉体を補い続ける新たな手段を獲得し、さらに高みに上らんとできるのは、あらゆる細胞に育つiPS細胞が登場したからだ。
iPS細胞は、京都大学の山中伸弥教授が2007年にヒトの細胞での作製に成功し、12年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
全国約1800人を対象とした内閣府の調査(17年)では、iPS細胞など再生医療に関するイノベーションによって病気やケガなどの治療技術が進歩すると考える人が9割を超えた。14年には、日本の理化学研究所などが目の難病「加齢黄斑変性」の患者にiPS細胞から育てた細胞を初めて移植した。一般の人々の目に映る医療の姿は、iPS細胞の誕生前後でがらりと変わった。

*異次元のイノベーションは破壊や急速な変化を伴うだけに、それまでの時代とのあつれきは避けられない。
人の臓器を「量産」する試みには、期待や畏怖の念などさまざまな反応が寄せられる。東京大学の中内啓光特任教授の研究は今でこそ国も認めるが、10年に構想を発表したときは世界で議論が巻き起こった。京都大学iPS細胞研究所上広倫理研究部門の藤田みさお特定教授は「動物を使ってヒトの臓器の作製を目指す研究は新しく、議論すべき対象になっている」と指摘する。

地殻変動を引き起こしたiPS細胞の「生みの親」である山中教授はどんな思いなのだろうか。山中教授が監修した書籍「科学知と人文知の接点」(弘文堂)に、複雑な心境が垣間見える。ヒトのiPS細胞をつくった後の苦悩を明かし、「大きな倫理的課題を生み出したことに気づき茫然(ぼうぜん)としたことを覚えている。(中略)どのような研究にも、光と影がある。うまく使えば人類の福音となるが、使い方を誤ると人類の脅威となる」と吐露した。イノベーションは、その後の新しい時代を生きる人類に相応の責任と覚悟を迫っている。
(文 猪俣里美、加藤宏志 写真 伊藤航)  日経 Disruption 2019101 11:00