2018年11月19日月曜日

ミイラ化しても復活


ミイラ化しても復活 驚異の昆虫が起こす医療革命
*乾燥して仮死状態になった後、水を与えると復活したネムリユスリカの幼虫(農研機構提供)

 生命は水がないと生きられない-。そんな常識を覆すのが、アフリカ原産の蚊の仲間「ネムリユスリカ」の幼虫だ。ミイラのように干からびて何年たとうが、再び水を与えれば復活する驚異的な生命力を持つ。この力を応用できれば、人間の細胞や血液などを乾燥した状態で保存できる。10年以内の技術的な確立を目指し、国内外の研究者がしのぎを削っている。

スルメが生のイカに戻るイメージ
 ネムリユスリカの成虫は体長1センチほど。アフリカ中部のナイジェリアやカメルーンなどに生息し、ほとんど雨が降らない乾期を乗り切るため、体の水分がなくなっても仮死状態で生き抜く能力を獲得したとみられる。ただし、ミイラ化しても生きられるのは幼虫だけだ。
 英国の研究では、17年間もの仮死状態を経て生き返った事例がある。さらに同国では、1960年ごろから仮死状態に置かれたネムリユスリカが将来の復活を待っているという。
 この力を人間に例えると、エジプトのミイラに水をかけたら生き返るイメージだ。食卓のスルメに水をかけたら生のイカに戻ると言っても良いだろう。

復活時にDNAを修復
 この仕組みを解明すべく国内で研究しているのが農業・食品産業技術総合研究機構(茨城県つくば市)の黄川田(きかわだ)隆洋・上級研究員(極限環境生物学)らのグループだ。
 黄川田さんによると、ネムリユスリカは主に4つの力で生き抜く。その1つは、体内の糖分である「トレハロース」のガラス化だ。ガラス化といっても極めて粘り気の強い液体のようなもので、体が乾燥しはじめると、乾燥前の細胞を満たしていた「細胞液」という液体と入れ替わっていく。

 2つ目の要因は「LEA(レア)」という特殊なタンパク質の存在だ。これは人間が持っていないもので、他の種類のタンパク質が乾燥によって壊れることを防いでくれる。
 また、水を得て生き返るときは有害な活性酸素が爆発的に生じ、そのままでは細胞が酸化されて寿命を縮めてしまう。それを防ぐための「抗酸化剤」として機能する分子も見つかった。

 そして最後がDNAの修復機能だ。実は細胞核にあるDNAは、乾燥時はボロボロに傷ついている。しかし、復活から4日ほどで乾燥前と同じ状態にまで修復されることが分かった。ただ、そのメカニズムは未解明で、今後の大きな研究課題だ。
 つまりネムリユスリカの秘密は、乾燥時の体の「保護」と復活時の「修復」が大きな鍵を握っている。

戦場で輸血用の血液に応用も
 この驚異的な能力を人間の細胞に応用するのが「常温乾燥保存法」だ。実現すれば人工多能性幹細胞(iPS細胞)や組織、血液などを保存する際に、温度や空調の厳格な管理が不要となり、持ち運びも極めて容易になる。冷凍庫や電気代などのコストもかからない。元に戻すには生理食塩水があれば十分で、まさに革命的だ。

 理想的な手法としては、ネムリユスリカが持つ機能を低分子の化合物で置き換えることが考えられる。
 ただ、まずはその前段階として、常温乾燥保存に関するネムリユスリカの遺伝子を人間の細胞に組み込み、同様の効果が得られるかどうかを確認する。ここまでなら10年以内に到達できる見通しだという。

 黄川田さんは「まずはネムリユスリカを片っ端から調べ、できるだけ早く応用につなげたい」と話す。
 常温乾燥保存法の活用は平時の医療に限らない。災害や戦争などで傷ついた人たちを治療する際も、輸血用の血液や移植用の組織などを簡単に届けられる。
 研究は米国やロシアをはじめ海外でも盛んに進められている。黄川田さんらも加わる国際プロジェクト「DRYNET(ドライネット)」には欧州のベンチャー企業も参加する。ただ、日本企業の動きは鈍いという。(科学部 小野晋史)2018.11.17 産経

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