体臭で病気の種類まで分かる?
がん発見に活用も
■日本でも明治時代までは体臭で病気を診断
「病気には特有のにおいがあることが、昔から知られています。例えば、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは、ヨーロッパで流行したペスト(黒死病)について『腐った柔らかいリンゴのようなにおいだ』と書き残しています。そもそも病気になると、体内での物質の合成や化学反応が健康時とは違ってきます。物質にはそれぞれ特有のにおいがあり、それが血液に乗って全身を回り、汗や尿、吐く息などに混じって体臭になる。体臭は、まさに体の変化を知らせるサインなのです」と外崎さんは説明する。
血液検査やレントゲン検査といった客観的な検査法がなかった時代、においは病気を見極める重要な判断材料だった。患者の体臭を嗅いで病気を診断する「嗅診(きゅうしん)」は、日本でも明治時代までは当たり前のように行われていたという。「当時は現代のような検査機器がないし、また位の高い人を診察する場合は直接体に触れることもできない。そこで、医師は患者の姿や動きをよく観察し、鼻を研ぎ澄ませて体が発するにおいを嗅いだ。もちろん、便や尿のにおいも重要でした。それらの情報を手掛かりにして、病気を診断したわけです」。
■糖尿病になると甘いにおいが
では実際、体臭でどんな病気が分かるのだろうか。
例えば、糖尿病になると「甘いにおい」がするといわれる。「糖尿病の初期は尿や体から甘いにおいがするが、進行すると甘酸っぱいにおいになる」と外崎さん。糖尿病が進んで糖がうまく代謝されなくなると、糖の代わりに脂肪がエネルギー源として使われるようになる。この結果、体内で生成されるのが、アセトン(ケトン体)という物質だ。甘酸っぱいにおいで、「ケトン臭」と呼ばれる。これが血液とともに全身を巡るため、汗や尿、吐く息、体臭が甘酸っぱくなるというわけだ。心当たりのある人は、ぜひ糖尿病の検査を!
なお、糖質を制限するダイエットをしていると、同様に甘酸っぱいにおいが出てくることがある。このため、ケトン臭は「ダイエット臭」などと呼ばれることもある。
また、ずばり甘い香りを連想させる病気もある。「メープルシロップ尿症」という乳児の病気だ。その名前の通り、メープルシロップのような甘いにおいの尿や汗が出る。必須アミノ酸のロイシン、バリン、イソロイシンを代謝する酵素が働かないために起こり、治療をしないと発育障害などを来し、死に至るケースもあるという。「赤ちゃんの尿や体から甘いにおいがするので、お母さんが気づくことが多い」。
■胃腸障害があると酸っぱいにおいや腐敗臭が
病気による体臭の変化
病名 体臭の特徴
糖尿病 甘いにおい、甘酸っぱいにおい
胃の障害 酸っぱいにおい、卵の腐ったにおい
腎機能の障害 アンモニアのにおい
肝機能の障害 ネズミ臭、ドブのようなにおい
痛風 古いビールのにおい
ひどい便秘 便のにおい
慢性副鼻腔炎(ちくのう症) 腐ったにおい
メープルシロップ尿症 メープルシロップの甘いにおい
トリメチルアミン尿症(魚臭症候群) 魚が腐ったにおい
フェニルケトン尿症 カビのにおい
歯周病 腐ったにおい
ペスト 青りんごの腐ったにおい
(病気のにおいは、昔から経験的に言い伝えられてきたものが多い。資料提供:外崎肇一さん)
これとは逆に、尿や体が嫌なにおいになる病気も。代表的なのが、魚が腐ったようなにおいがする「トリメチルアミン尿症(魚臭症候群)」やカビ臭い「フェニルケトン尿症」だ。いずれも特定の酵素が欠損しているために起こる。乳児や幼児に見られ、体臭が病気発見のきっかけになることが多い。
このほか、胃もたれなどの胃腸障害があると、吐く息に酸っぱいにおいや腐敗臭が混じることも。「酸っぱいのは胃酸のにおい。腐敗臭は、胃の働きが悪いため食べたものが胃内にたまって発生します」(外崎さん)。腐敗臭は、他に歯周病や慢性副鼻腔炎(ちくのう症)でも起こりやすい。
尿を作る腎臓に腎炎などの病気があると、アンモニアのにおいがすることもあるという。また、ひどい便秘の場合は、便臭がすることも。「便秘の場合は、2つの経路で便のにおいが体臭に混じる可能性があります。一つは、便のにおい物質が血流に乗って全身を回るルート。もう一つは、腸内のガスが胃や食道、気道へと、げっぷのように逆流するルートです」と外崎さん。ためこみ過ぎるのは、危険! 便秘は軽いうちに解消しておきたい。
■探知犬や線虫でがんを発見
がんにもにおいがあるという。「例えば、手術で患部を開けたとたんに、がん特有のにおいがすると言う外科医がいます。がん病棟に行くと特殊なにおいがすると話す医師もいます。また、“新緑のにおい”“化学調味料のにおい”“硫黄のようなにおい”などと表現する人も。実際、がんにはにおいがあり、それを診断に役立てようという動きもあります」(外崎さん)
吐く息や血液、尿のにおいを嗅ぐことで、がんがあるかどうかを高確率に嗅ぎ分けられる「がん探知犬」。この探知犬をがんの検査に活用しようという試みもある。においを感じる嗅細胞は、人間の鼻の中に約500万個あるが、犬の場合はそれよりもはるかに多い約2億個もあるという。なかでも、がん探知犬は非常に優れた鼻を持つ嗅覚の超エリート。
以前、探知犬の研究に携わっていた外崎さんは、「人の鼻では分からないような、ごく低い濃度でも、探知犬は100%近い確率でがんかどうかを嗅ぎ分けた。この研究から、がんには特定のにおいがあることが分かった」と話す。そのにおい物質が何なのか、まだ特定されるには至っていないが、外崎さんは「がん細胞が増殖する際に発生する一種の化学物質のにおいではないか」とにらんでいる。
探知犬に続き、体長1ミリほどの「線虫」もがんのにおいを嗅ぎ分けられることが、九州大学の研究で分かってきた。線虫はがんのにおいに引き寄せられる性質があり、1滴の尿があれば95.8%の確率でがんを診断できるという。しかも、従来のがん検診では見つけられなかった早期がんを発見できる可能性もあるというから、スゴイ!
体が発するにおいは、まさしく体調のバロメータ―。外崎さんは最後に、こんな助言をしてくれた。「推理小説などで、怪しい人物のことを『アイツがにおう』などと表現しますが、体も同じ。『なんとなくにおう』は、体調が怪しいサインと捉え、病気の早期発見や健康管理に生かしてほしいですね」。2015/8/24 6:00 日経