2016年4月19日火曜日

夢の技術「人工光合成」

夢の技術「人工光合成」 光触媒派と半導体派が激論
 太陽光を活用して二酸化炭素(CO2)と水を原料に、水素やエタノールなどクリーンな資源をつくり出す「人工光合成」の実用化で、技術開発の方針を巡り議論が起きている。変換効率で先行する半導体を使う方式よりも、将来の低コスト化が期待できる光触媒方式を優先すべきだという意見が出ているためだ。石油などの化石資源が枯渇する将来、社会への大きな利益が見込めるものの、実現への道筋には多様な見方があるだけに、結論は簡単に出ない。

■光触媒派「製造コスト安く、大面積化が可能な技術」
 「人工光合成の実用化には、製造コストが安くすみ、大面積化が可能な技術しかありえない。高価な半導体を使う方式は反面教師だ」。人工光合成を社会に導入していく際の問題を提起しているのは、三菱化学執行役員の瀬戸山亨フェローだ。経済産業省が2012年度から10年計画で取り組む「人工光合成プロジェクト」のリーダーを務める。
 瀬戸山フェローは、酸化チタン製の光触媒こそが、人工光合成の本命になると信じている。基板に塗布して焼けば、水を水素と酸素に分解する中核部品ができる。部品の製造コストは1平方メートル当たり数百円の水準ですむと試算する。

経産省「人工光合成プロジェクト」の概要 (1)光触媒(2)分離膜(3)合成触媒の3つが開発テーマ(NEDOの資料による)
経産省「人工光合成プロジェクト」の概要
(1)光触媒(2)分離膜(3)合成触媒の3つが開発テーマ(NEDOの資料による)
 3月にはプロジェクトに参画する東京大学やTOTOなどと共同で、10センチメートル角の光触媒シートを試作し、太陽エネルギーの変換効率1.1%を達成した。植物の同0.20.3%を上回っており、プロジェクトの最終年度にあたる21年度までに、実証試験に移行できる水準の同10%前後にまで高める目標だ。

■半導体方式 コストは高いが、変換効率は世界最高
 この論争で旗色が悪いのは、真空装置など高価な製造装置が必要な半導体を何枚か組み合わせて水を電気分解し、ギ酸やエタノールなどの有用物質の合成を目指す方式だ。日本ではトヨタ自動車グループの研究開発会社、豊田中央研究所(愛知県長久手市)やパナソニック、東芝がこの路線を手掛けている。

*豊田中央研究所は人工光合成で世界最高の変換効率を実現している
 3社は製造コストの試算はしていないが、一般的なシリコン半導体による太陽電池の製造コストから判断して「1平方メートルあたり2万円を切る安さにするのは相当困難なはず」(瀬戸山フェロー)と考えられている。光触媒に比べ、およそ100倍の差がある。太陽光を受ける大きな面積の人工光合成システムに採用するために、コスト低減は確かに大きな壁になる。
 半導体を使う方式では、豊田中研が太陽エネルギー変換効率で4.6%と世界最高記録を出している。豊田中研の森川健志シニアフェローは、製造コストや大面積化の問題を今後の課題と認めながら「11年に0.04%だった効率を4.6%にまで高めた。研究の積み重ねで多くの知識が得られ、半導体路線を否定する意見は受け入れられない」と反論する。

*企業の人工光合成研究の事例
企  業概    要
豊田中央研究所ギ酸合成の実験に初成功。太陽エネルギー変換効率4.6%と世界最高値を記録
パナソニックギ酸、メタンの合成に成功
東芝一酸化炭素、エチレングリコールの合成に成功
三菱化学、TOTO、国際石油開発帝石、富士フイルム、三井化学、住友化学経済産業省の「人工光合成プロジェクト」に参加
富士化学工業、マツダ、新日鉄住金化学大阪市立大学の人工光合成研究センターと共同研究

 人工光合成の使い方でも、両者には違いがある。瀬戸山フェローらは大規模な化学プラントのようなシステムで、大量にエネルギー源や化学工業原料になる水素やエチレンなどを生産するシステムを想定。コストダウンを重視する。
 一方でパナソニックや東芝は、CO2を排出する工場や発電所のような施設に併設する小規模な分散型のシステムなどを検討している。素材産業か組み立て・加工業界か、研究者が所属する業種の違いにより、人工光合成のとらえ方が異なってくる面もあるようだ。

■実用化、早くて2030年ごろ
 植物の光合成は、太陽光を受けて水を水素と酸素に分け、空気中のCO2を取り込んで糖を合成する。化学プラントでよく使われ、大量のエネルギーを必要とする高温高圧な工程はない。自然がつくり上げた、極めて精密で効率のよい反応だ。触媒を使って炭素と炭素を結合する「クロスカップリング反応」で10年のノーベル化学賞を受賞した根岸英一・米パデュー大学特別教授が推進を唱えて以降、文部科学省と経産省が資金を投じ国内の研究開発は活発になった。
 応用時期は「早くても30年ごろ」といわれる。米国や欧州、韓国など海外にも同様のプロジェクトはあるが、日本の場合、大学や公的研究機関だけでなく企業も加わっている点が大きな特色だ。国のプロジェクトに産業界出身のリーダーが就いたことで、人工光合成研究の「出口」を問う議論に火が付いたともいえる。


 文科省の人工光合成研究の代表を務める首都大学東京の井上晴夫特任教授は「広い分野の研究者が垣根を越えて議論できる研究環境が大切だ」と唱える。研究の出口の議論は歓迎するが、早々にテーマを絞り込む意見については懐疑的だ。「人工光合成の実用化に向け研究はまだまだ続く。バトンリレーのようにつないでいく必要がある」(井上特任教授)と強調している。 編集委員 永田好生2016/4/18 6:30日本経済新聞 電子版

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