2010年6月25日金曜日

ちょうど2年を経過しました

本ブログの立ち上げからちょうど2年を経過しました。
タイトルに込める意味合いに加えて、個人の興味のままに広い話題をピックアップしてきた2年間でした。その数430件、一ヶ月平均18本でした。
およその内訳は、ざれごと21%, 科学17%, 旅行14%, --- 文化芸術に至っては寂しいことに1% でした。偏りを感じています。 
今後もどうかお付き合いください。

感想ご意見歓迎します、沢山お寄せ下さい。
公開の是非はご希望を尊重し、それに従います。原則非公開としますが、「公開可」とある場合のみ、そのように扱います。

2010年6月24日木曜日

はやぶさ:カプセルの試料容器開封 気体採取に成功

はやぶさ:カプセルの試料容器開封 気体採取に成功
 小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰ったカプセル内の試料容器を開く作業が24日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所(相模原市中央 区)で始まった。JAXAによると、同日までに気体の採取に成功した。この中に、小惑星イトカワ由来の気体が含まれているかどうか、今後慎重に分析する。2010年6月24日 20時35分 毎日

神の使い?金色のナマズ 宮崎市の大淀川学習館

 宮崎市下北方町の大淀川学習館で、金色のナマズが展示されている。今年9月、隣町の宮崎県国富町深年 川で、川遊びをしていた家族連れが石の裏に隠れていたのを見つけて捕獲、11月に同館へ寄贈した。
 神の使い?金色のナマズ 宮崎市の大淀川学習館
 金色に見えるのは、先天的に色素が欠けているアルビノ種のため。同館によると、こうした色素異常のナマズは、琵琶湖地方などで「神の使い」とされている という。
 
 飼育を担当するチーフインストラクターの江頭順治さん(43)は「ナマズは、河川の護岸工事で生息地が減り、県の準絶滅危惧(きぐ)種として登録される ほど数が減っている。さらにアルビノ種は目立つため、外敵に見つかりやすく、生き残る確率は低いのに…」と、その発見に驚いている。
 
=2009/12/01付 西日本新聞朝刊=

腹全体がピンクのカツオ=千葉県勝浦市の勝浦漁港

興奮して?ピンク色のカツオ水揚げ 千葉・勝浦漁港

腹全体がピンクのカツオ=千葉県勝浦市の勝浦漁港
 カツオの水揚げ量が全国有数の勝浦漁港(千葉県勝浦市)で23日朝、口から腹にかけての部分がピンク色のカツオが水揚げされた。八丈島付近で22日朝、宮崎県の南郷漁協所属の第15事代丸が釣り上げた。体長約40センチ、約1.5キロ。船長の松浦健太郎さん(31)は「13年間、漁師の仕事をしている が、こんな色のカツオは初めてだ」と驚いている。
 カツオの行動生態に詳しい茨城大地域総合研究所客員研究員の二平章さんは「釣り上げられる時、興奮状態になったカツオは、体に横シマが浮かび上がる。ただ、体全体がピンク色になるケースは聞いたことがない」と話している。  2010 年6月24日7時49分 朝日

2010年6月23日水曜日

雨の季節にコンニチハ、全身水色アマガエル

鮮やかな水色のアマガエル(栃木県なかがわ水遊園で)
雨の季節にコンニチハ、全身水色アマガエル
 栃木県大田原市佐良土の県なかがわ水遊園で、全身水色のアマガエルが特別展示され、来館者の注目を集めている。
 このアマガエルは、鹿沼市内の男性が7日、草刈り中に見つけ、同園に寄付した。同園はガラスケースに入れて、水色のアジサイとともに展示してい る。
 同園展示チームリーダー渡辺敬晴さんは、「アマガエルは突然変異で黄色の色素がなくなり、水色をしているのではないか。全身水色のカエルは全国的 にも珍しい」と話している。展示は30日まで。(2010年6月22日13時25分 読売新聞)

2010年6月21日月曜日

父の日

父の日
 自分を男手 1つで育ててくれた父を讃えて、1909 年アメリカ人J.B.ドット夫人が、教会の牧師にお願いして父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけと言われる。
 ドット夫人が幼い頃南北戦争が勃発し、父スマートが召集された。ドット夫人を含む子供6人は母親が育てることになるが、過労が元で父親の復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、スマートも子供達が皆成人した後、亡くなった。
 1916年ア メリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知されるようになる。1972年(昭 和47年)になり、アメリカでは国民の祝日に制定される。
 日本では1950年ごろから広がり始め、1980年代に一般的な行事となった。

 ところで、世界の「父の日」は各国まちまちであることが判明した。
2月23日  ロシア
3月19日  ボリビア、 イタリア、 ポルトガル、 スペイン
5月5日  ルーマニア
5月8日  韓国Parents' Day
5月の第3日曜日  トンガ
5月の昇天日  ドイツ
6月5日  デンマーク
6月の第2日曜日  オーストリア、 ベルギー

6月の第3日曜日  日本、 中国、 プエルトリコ、 アメリカ、 インド、 イギリス、 カナダ、 チリ、 コロンビア、 コスタリカ、 フランス、 トルコ、 ペルー、 スロバキア、 南アフリカ共和国、 シンガポール、 ウクライナ

6月17日  パキスタン
6月23日  ポーランド
8月の第2日曜日  ブラジル、 サモア
8月8日  台湾(父親節)では、「パパ」と「88」の中国語の発音が同じであることに由来する。
9月の第1日曜日  オーストラリア、 ニュージーランド
11月の第2日曜日  フィンランド、 ノルウェー、 アイスランド、 スウェーデン
12月26日  ブルガリア

2010年6月16日水曜日

キラキラ光る、宇宙のイカロス 太陽光で輝く姿を撮影

宇宙空間に帆 を広げたイカロス。太陽の光を浴びて輝いている=宇宙航空研究開発機構提供

キラキラ光る、宇宙のイカロス 太陽光で輝く姿を撮影
 太陽光を受けて進む宇宙帆船「イカロス」が銀色の帆を広げ、漆黒の宇宙空間で光り輝いている姿を、イカロスから分離されたカメラがとらえた。宇宙機構が 16日、発表した。
 イカロスの帆は一辺14メートルの正方形で、厚さは髪の毛の太さの10分の1にあたる0.0075ミリ。表面にアルミが吹き付けられていて、鏡のように 光を跳ね返す。このときに受ける力を、ヨットが風を受けるように利用する。
 先月21日に種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられ、今月11日には帆を広げられたことを宇宙機構が確認。今回は、本体に積んでいたカメラを 切り離し、帆を広げた全体像を撮影した。 2010年6月16日13時39分 朝日

謙遜

謙遜
「---------私自身はこのような賞を授かる資格があるとは思っていません。しかし、それはあくまでも私個人の意見であって、世の大多数の方は違った観点から私を--------」

際限のない望み
二人の哲学者が議論していた。
「どうして神は最初にアダムをつくり、そして次に、おんなのイブをつくったのだろうか?」と一人の哲学者が言った。
「それは簡単なことだ」と、もう一人の哲学者が言った。
「もし男が女のつぎにつくられたとしたら、神は女の希望をきかなければならなかったろう。そして女の希望をきいていたら、何事もできなかっただろう」

タイミング
銀行の支店に二人組みの強盗が押し入った。
一人は金庫に直行して金庫番に銃を突きつけ、もう一人は、客や行員たちを一列に並ばせて皆の財布を取り上げていった。
その列に並ばされた行員の一人が、後ろ手で横の行員に何かを握らせた。
「なんだい、これは?」
「あんたに借りていた一万円だよ」

2010年6月14日月曜日

6月のニコバラ

6月のニコバラ

アリファー (赤系)
スターリン


<はやぶさ>世界初の旅終え帰還…カプセル着地を確認

<はやぶさ>世界初の旅終え帰還…カプセル着地を確認
 【グレンダンボ近郊(オーストラリア南部)永山悦子】小惑星イトカワの岩石採取に挑んだ探査機「はやぶさ」は13日深夜、地球に帰還した。月より遠い天 体に着陸し、地球に戻ってくるのは史上初。宇宙航空研究開発機構(JAXA)によると、はやぶさはカプセルを切り離した後、午後10時50分ごろ(日本時 間)、大気圏に突入、はやぶさ本体は燃え尽きた。JAXAは、ヘリコプターによる捜索隊が目視でカプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠で発見したことを 明らかにした。14日朝、回収作業を始める。中にイトカワの砂などが入っていれば、世界で初めて小惑星で直接採取した物質となる。03年5月の打ち上げか ら7年。予定より3年長引いた旅の総距離は、月への往復約8000回に相当する約60億キロに達した。

 ◇7年、60億キロの旅

 「もうだめだと思ったことは2度ある」

 はやぶさプロジェクトを率いる川口淳一郎JAXA教授(54)は今年5月、毎日新聞のインタビューで打ち明けた。一つは05年12月、イトカワに着陸直 後、燃料が漏れて機体の姿勢が崩れ、通信が途絶し行方不明になったこと。もう一つは昨年11月のイオンエンジン(主エンジン)故障だ。いずれも深刻なトラ ブルで、誰もが地球帰還は絶望的と思った。

 「世界初」の技術をいくつも盛り込んだはやぶさは、数々のトラブルに見舞われた。

 主エンジン開発に携わった国中均JAXA教授(50)は「打ち上げの時はヒヤヒヤして心がつぶれそうだった。(往復できる)自信は10%もなかった。故 障が重なり、主エンジンの寿命を考えると、不安だった」と話す。

 野心的な挑戦の構想は四半世紀前に生まれていた。1985年8月、文部省宇宙科学研究所(当時)で開かれた「小惑星サンプルリターン小研究会」。主催し た鶴田浩一郎・同研究所教授(72)=現名誉教授=は「科学に新しい視野をもたらす」「広範囲の科学者、技術者が情熱を持てる」などを挙げ、「将来へ大き な夢をたくす計画」と、報告書に意義をつづっている。

 だが、実現は容易ではなかった。プロジェクトが正式に認められたのはそれから約10年後。「難しいミッションで、リスクが大きすぎるとさんざんたたかれ た」。川口さんと計画を練り上げた上杉邦憲JAXA名誉教授(67)は振り返る。

 当時、日本は惑星探査では初心者で、「米国もやらないような挑戦、できるわけがない」と陰口が聞こえる中での船出だった。「ぶざまに負けるわけにはいか なかった」(国中さん)。技術者たちはその意地を貫いた。トラブルには知恵を絞って解決策をひねり出し、はやぶさは何度も危機を切り抜けた。いつしか「不 死鳥」と呼ばれるようになった。

 世界の宇宙探査に詳しい米惑星協会のルイス・フリードマン事務局長は「非常に大胆な挑戦だった。小惑星の試料が入手できるか否かにかかわらず、とんでも ない成果だ。多くのトラブルはあったが、賢明な技術者が挑戦を可能にした」と称賛する。「だが」と、川口さんは言う。「我々も努力したが、ここまでこられ たのは、はやぶさ自身が助けてくれたから。それくらい幸運だった」

 満身創痍(そうい)のはやぶさは、地球からの指令にけなげに応え、小惑星への往復という大仕事をなしとげた。小惑星のかけらと引き換えに、自らは燃え尽 きた。

 川口さんは14日未明、相模原市で開いた会見で語った。「成功は、今まで諸先輩方が築き上げてきた科学技術のたまもの。お祝いの言葉は諸先輩方に向けら れるべきだと思う。最後まで献身的に貢献してくれたチームのみんなにも感謝したい」と話した。

 7年にわたる長い旅の終盤、はやぶさのエンジンの調子は尻上がりに良くなった。「太陽の周りをもう1周したくなった」と国中さん。はやぶさと技術者たち との二人三脚はゴールを迎えた。はやぶさ最期の日は、日本の惑星探査が世界に肩を並べる日となった。

はやぶさ

 地球以外の天体から岩石などを持ち帰る探査に必要な技術の実証を目指した探査機。▽新型のイオンエンジン▽カメラ画像などを使った自律的な航行とイトカ ワへの接近・着陸▽小惑星での岩石採取▽試料を収めたカプセル回収--などの新技術に挑戦した。上空から狙いを定めて着地し、すばやく飛び立つ様子が、岩 石採取の手法に似ていることから、この愛称がつけられた。
6月14日1時28分配信 毎 日新聞