巨大ウイルス出現、揺らぐ常識 新生命体へ進化?
ウイルスは小さくて単純――。こんなウイルスの定義が揺らいでいる。21世紀に入り、ケタ違いに大きく複雑な構造を持つ「巨大ウイルス」が相次ぎ見つかったためだ。微生物の細菌をはるかにしのぐ巨体に、生物の細胞だけにあるはずの膜や多数の遺伝子を持つ。常識を覆す異形ぶりに研究者は困惑気味だ。巨大ウイルスが進化すれば、やがて想像を超えた生命体が誕生するとの見方も出ている。
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1992年、英国の病院で捕らえたアメーバに何かが感染していた。ありふれた顕微鏡で見ると、大きさは750ナノ(ナノは10億分の1)メートル。「細菌だね」。研究者は地名からブラッドフォード球菌と名付けた。
状況が一変したのは2003年だ。さらに細かく見える電子顕微鏡での解析が進むとウイルスに形が似ており、「正20面体」をしていた。国際科学誌に「ウイルスだった」とする論文が載った。細菌と見間違えるくらいの大きさだったので、英語の「ミミック(似る)」にちなんで「ミミウイルス」と名前がついた。
従来のウイルスは大きくても200ナノメートル程度だった。小さいが故に自活できず、細菌のような生物とはみなされなかった。巨大なミミウイルスは、「無生物」のウイルスと、生物の境界を揺るがした。
大きいだけでなぜ騒ぐのか。クジラやゾウは体格が良くても「生物とは違う」とはならない。ウイルスで大きさが重要なのは、大きすぎると「定義」に反するためだ。
ウイルスは1890年代、細菌が通れない「ろ過器」の穴をすり抜ける謎の病原体として見つかった。正体はタバコやウシに感染するウイルスだった。
電子顕微鏡でウイルスを詳しく観察できたのは1930年代。ウイルスは「小さい」が代名詞であり、ミミウイルスの大きさは規格外だ。
さらに研究者に衝撃を与えたのが、その異形ぶりだ。遺伝物質のDNAを脂質の膜で包み、外側を3重の殻で覆う。表面に繊維まで生えていた。ふつうのウイルスは遺伝物質を殻で包んでいるだけだ。
神戸大学の中屋敷均教授は「ゲノム(全遺伝情報)や遺伝子の数でも一部の細菌を上回る」と話す。遺伝情報量は約120万塩基対と、「マイコプラズマ」という小ぶりな細菌の2倍もある。
*巨大ウイルスの「パンドラウイルス」(東京理科大学提供)
13年に楕円の一方が1000ナノメートルの「パンドラウイルス」、14年に1500ナノメートルもある「ピソウイルス」と巨大ウイルスの発見が続いた。パンドラウイルスの遺伝情報量は約250万塩基対と、ついに細胞に核を持つ「真核生物」で最も小さな種を上回った。
遺伝情報量の多さがどんな能力に関わっているかは不明だが、一部は生物に肉薄している。ウイルスは自力で増殖できない。生物との差がそこにある。だが、増殖に役立つ20種類の遺伝子を全て備えた巨大ウイルスも見つかった。
「免疫」を持つ種類もいた。「バイロファージ」という外敵のDNAの一部を取り込み、再び寄生してくるとそのDNAを切って退治しているようだ。細菌や古細菌が持つ免疫の仕組みにそっくりだ。
東京理科大学の武村政春教授は「たんぱく質合成の場になる遺伝子さえ持てば、巨大ウイルスは新たな生物になるかもしれない」と語る。
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それにしても巨大ウイルスはどう生まれたのか。武村教授は「感染した生物から、遺伝子を次々と奪ってきたとする見方が多い」と話す。生物の細胞で自らを増やす際、生物のDNAを取り込んで巨大化したという説だ。謎も残る。武村教授が発見した巨大ウイルスに「メドゥーサウイルス」がいる。ウイルスなのに、複雑なDNAを折り畳むためのたんぱく質を作れる。ヒトなど真核生物にも同様のしくみはあるが、ウイルスが先に「発明」した可能性も指摘されている。
巨大ウイルスは既に100種類以上が知られる。その発見は「ウイルスを生物として認めるべきだ」という論争を巻き起こした。支持派は大きさや複雑さを強調し、反対派は「自力で増えず、生命を維持する化学反応も起こせない」と反論する。中屋敷教授は「ウイルスも子孫を残し、進化する。生物のような細胞を持たなくても、『生命』と呼べるのではないか」と話す。生物とそれ以外の境界線をどこに引くか。巨大ウイルスが生物の再定義を迫っている。(草塩拓郎)2020/6/6 2:00日本経済新聞 電子版